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函館

<三日目>

 ホテルの近くに土方歳三最期の地がありますので、朝食前に訪れてみます。ここは箱館戦争末期に旧幕府軍が市中取締強化のため設けた柵の一つ、一本木関門(いっぽんぎかんもん)があった地で、ここで土方歳三が銃弾に倒れています(異説もありますが)。石碑の前には季節の花やお酒が手向けられています。ファンが多いのですね。

 今日は函館市内の観光地を巡りたいと思います。昼頃に雨が強くなるということで、天気はあまり良くありません。朝、土方最後の地を見たという訳ではありませんが、初めに五稜郭に行ってみます。4月28日~7月26日まで、函館は、「ゴールデンカムイ  黄金に染まる函館」のキャンペーン中で、各エリア毎、登場人物のコンテンツが展示されています。五稜郭タワーにも、TVアニメ最終章の函館登場シーンを中心にパネルが置かれています。ここは、当然土方エリアです。タワーの展望台では、土方歳三と対面しました。

 五稜郭タワーを降りて、一の橋、二の橋を渡り、五稜郭の中心部にある函館奉行所を見学します。ここは、日本の北辺防備の拠点として設置された江戸幕府の役所で、当初は箱館山の麓に置かれましたが、五稜郭と共に1864年に完成しています。箱館戦争では、港に碇泊した新政府軍の軍艦からの砲弾で、被災しています。1871年に解体されましたが、2010年、庁舎の1/3が復元されています。

 雨が強くなってきましたが、観光を続けます。次は四稜郭を見学します。ここは、箱館戦争において旧幕府軍が、1869年に五稜郭の北北東の段丘上に築造した台場です。1869年春、新政府軍は反撃を開始し、5月11日の、新政府軍は箱館総攻撃をおこない、四稜郭が陥落し、箱館市街は新政府軍が制圧しています。今は、石碑と土塁があるだけです。

 雨はますます激しく強くなってきました。次は北海道東照宮(別名、函館東照宮)に参詣します。この神社は、1864年、五稜郭が完成すると、東北の鬼門に当たる現在の神山3丁目(五稜郭と四稜郭の中間地点)に、蝦夷地の鎮護として勧請されました。箱館戦争の兵火で焼失し、1992年に現在地(四稜郭から山側へ車で10分程の場所)へ移転しています。箱館戦争では、新選組の土方歳三らも参詣したと伝えられています。社務所には、劇場版コナンの中で土方歳三の愛刀として登場した「星稜刀」が展示されています。柄(つか)の下には、怪盗キッドが!その横には土方・啄木浪漫館(2024年閉館)にあったという、土方歳三の像がありました。

 幸いなことに、雨は止みました。函館駅近くの駐車場に車を置いて、金森(かねもり)赤レンガ倉庫に向かいます。これらの倉庫は、100年以上前の1909年頃に作られ、1988年に商業施設「金森赤レンガ倉庫」としてオープンしています。倉庫内はショッピングモールやビアホール・レストランなどの商業施設となっています。ベイエリアは白石のエリアです。

 昼食は、ご当地フードのラッキーピエロで、ラッキーバーガー、飲み物アイスカフェオレとバドワイザーを頂きました。全国チェーンのメーカーよりも1.5倍ありそうなボリュームです。行く途中の道路に日本最古のコンクリート電柱に遭遇しました。

 昼食後は、函館山のふもとを散策します。山のふもとだけに、坂道はかなり急で、上るのに骨が折れます。但し、坂の上からの眺めは映えます。はじめに旧函館区公会堂を見学します。1階は大食堂、2階は大広間になっており、大広間のバルコニーからは、五稜郭タワーや連絡船摩周丸をはじめ、函館市街全体が見渡せます。ブラタモリでも、ここを訪れていました。

 公会堂の下は、元町公園となっています。函館の町はこの一帯から発展したようです。公園と道を隔てて函館市旧イギリス領事館がありますので見学します。この建物は1859年から75年間、領事館として使用されたようです。領事執務室には小柄なリチャード・ユースデン領事の像がありますが、この領事は非常に小柄だったことから、「豆コンシロー」と呼ばれていたようです。

 電車通りの一つ上の通りを、電車通りと並行に歩いて行きます。大三坂、二十間坂と坂を横切っていくと、五島軒の本店がありました。一階は、入って左がレストラン、右がカフェテリアとなっています。カフェテリアに入って紅茶の焼き菓子セットをいただきました。お菓子の種類が多いです。レストランでは、ゴールデンカムイとコラボして「杉元佐一 お見合い洋食セット」が有るようですが、今回は売店で杉元のビーフスチウを購入しました。箱の絵は杉元の若い頃の傷の無い顔になっています。

 帰りの飛行機の時間も近づいてきましたので、函館駅方面に徒歩で戻ります。途中、函館の街の発展に貢献した高田屋嘉平の銅像がありました。函館市街と飛行場の間には有名な湯の川温泉があります。少し時間がありましたので、13:00~22:00で日帰り入浴ができ、550円と銭湯並みの「ホテルテトラ湯の川温泉」がありましたので、立ち寄ります。施設は値段並みですが、源泉掛け流しで湯量も豊富なので、一風呂浴びるには丁度良いと思います。さっぱりして、函館を後にします。

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北斗、木古内、知内、松前、上ノ国、江差、乙部

<二日目>

 朝食前に、函館駅周辺を散歩します。JRINNは函館駅に隣接していますので、連絡船、従って函館湾は直ぐそばです。港には連絡船摩周丸が停泊しており、対岸には昨夜上った函館山が見えます。この一帯はふれあいイカ広場と言われているようで、巨大なイカのモニュメントもあります。名物の函館朝市を通り抜け、ホテルに戻ります。

 今日は国道228号線で海岸沿いに松前半島を一周します。初めは北斗市のトラピスト修道院です。正式名称は「厳律シトー会燈台の聖母トラピスト修道院」です。修道院の手前の並木道を歩いて行こうと思いましたが、道の脇に「熊に注意」という看板がありましたので、車で並木道を進みます。ここで修道士は牧場を営んでおり、そこで作られる生乳で、バター、アイスクリーム、飴やクッキーを直営販売所で販売しています。早速バター飴とソフトクリームを買いました。ソフトクリームのボリュームはかなりあります。

 次は咸臨丸が座礁、沈没した木古内町を訪れます。咸臨丸は、1857年にオランダで建造され、1860年、日米修好通商条約批准書交換目的で渡米する幕府遣米使節護衛の随伴艦として太平洋を横断しています。その後、幕府は戊辰戦争で敗れ、北海道移住の仙台藩家臣団401名を乗せ、小樽に向かう途中、1871年、サラキ岬沖で座礁、沈没しました。幸いなことに、乗船者は難を逃れています。これを契機に、町おこしの一環として、てサラキ岬に咸臨丸モニュメントを設置し、咸臨丸のふるさとオランダをイメージしたチューリップ花壇などを整備しています。

 次は知内町の道の駅「しりうち」で休憩します。この街は、「青函トンネル出入り口の町」がキャッチフレーズで、道の駅に新幹線展望台がありますので、早速、エレベーターで上ってみます。このエリアは、新幹線と在来線が走行する共用区間で、新幹線と在来線でレール幅が異なるため、3線軌条区間となっています。 本線の両側は、在来線の待避スペースとなっています。

 次は、松前町で、日本百名城の松前城を見学します。道の駅「北前船松前」に車を置き、10分程歩くと松前城(資料館)に到着します。松前城は、北海道内で唯一つの日本式城郭で、1941年に国宝に指定されましたが、1949年に飛び火により焼失してしまいます。現在の天守閣は、1961年に再建され、内部は松前城資料館となっています。松前城は公式には福山城とされていますが、備後福山城との混同を避けるため、松前城とも呼ばれています。本丸に隣接する本丸表御殿玄関は、創建当時からの物です。。箱館戦争では、土方歳三が率いる旧幕府軍に攻め落とされていますが、翌年、新政府軍が奪回しています。

 松前城に隣接して松前神社があります。ここは、旧松前城北の丸を境内地とし、松前藩の祖である武田信広を祀った神社で、1879年に社殿が建立されています。松前城の北側に,、「松前藩屋敷」というテーマパークがありますので、行ってみます。ここは「松前の春は江戸にもない」と謳われたほどに北前船で潤った松前の栄華を再現しています。松前藩屋敷の表門をくぐると、もうそこは江戸時代のたたずまいで、14棟の建物が再現されており、タイムスリップしたような感覚になります。本格的なセットなので、全国的にもう少し知られていても良いように思います。

 昼食は、景観が美しく、北海道ウォーカーの絶景感動部門で金賞を受賞したという上ノ国町の道の駅「上ノ国もんじゅ」で頂くことにします。確かにレストランから見る日本海は遮るものはなく、絶景です。ここでは、エビだし特製ラーメンをお願いしました。建物の脇から海岸にむかって神(かん)の道という階段があります。昔、海岸から山へ続くこの階段を通って、竜神が山の女神に会いに行ったという伝説があるそうです。

 食事後は、道の駅が望む山の奥にある、続日本百名城「勝山館(かつやまだて)跡」に向かいます。勝山館は、後の松前氏の祖である武田信廣(松前神社に祀られています)が15世紀後半に築いた山城です。アイヌ民族の三大蜂起の一つである、コシャマインの戦いを制した武田は、蝦夷地に渡ってきた和人をまとめていく城として造りました。しかし、後には拠点を松前に移しています。勝山館跡ガイダンス施設は、勝山館跡の上部に設置されており、200分の1の復元模型と勝山館跡をガラス越しに見比べることができる、とのことでしたが、立木が遮っており館跡を見ることはできません。そこで、ガイダンス施設を出て、館跡へ続く道を進もうと思いましたが、熊出没の看板を見て断念しました。

 先ほど断念した勝山館跡への道を4~50分下る旧笹浪家住宅の脇に出るそうですが、こちらは車で向かいます。この家はニシン漁で繁栄した笹浪家の住居兼仕事場で、江戸時代末期の建築で、北海道に現存する民家建築としては最も古いそうです。隣接する米・文庫蔵、土蔵には、旧笹浪家が所有していた古民具・アイヌ資料の他、円空仏や周辺の歴史資料が公開されています

 次は江差町を通ります。港に帆船が見えましたので、車を近づけてみます。帆船の名前は開陽丸で、幕府海軍に所属していたオランダ製の軍艦とのことです。1868年に、江差沖で暴風雨に遭い、座礁・沈没しています。大砲、弾丸、火薬缶、ロープ、帆布、サーベル、日本刀等3万2905点が引揚げ・脱塩処理され、オランダに保管されていた設計図に従い開陽丸も復元され、軍艦内に引揚げ品を配置し、「開陽丸青少年センター」(開陽丸記念館)となっているそうです。しかし現在、船の周りは2027年6月にオープン予定の「道の駅かもめ島」の整備事業が行われており、立ち入ることは出来ません。再度、訪問したいものですね。

 最後は乙部町の滝瀬海岸にある白い断崖「シラフラ」です。「シラフラ」はアイヌ語で“白い傾斜地”を意味します。高さ20mほどの白い断崖が約500mにもわたってそびえ立っています。この白い断崖は、約500万年前の火山噴火で噴出した軽石が、海底に積もり、それが隆起して出来たものと言われています。また国道229号線の先には、「館の岬」という断崖がありますので、道を進めます。近づくと、国道229号線の岩盤崩落のため、復旧工事が行われており、通行止めとなっています。車を降りて、工事現場の脇から「館の岬」を望みます。これで松前半島の海岸線を一周しましたので、国道227号線で松前半島を横切り、函館に戻ります。

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大沼公園、鹿部、南茅部

<一日目>

 今回は、函館をぐるりと巡ります。函館の右側は亀田半島、左側は松前半島で、今日は亀田半島を一周します。はじめは函館空港に隣接している、続日本百名城の志苔館(しのりだて)跡を見学します。 ここは、西には志海苔川(のりの漢字が館と違っています)、南は海に面した丘陵上に立地しています。ここは、14~15世紀頃に和人(本州から渡来した日本人)によって築かれた中世の館城ですが、アイヌとの抗争があり、最終的には館を放棄し、松前に逃れているため、16世紀以降は廃館となっています。現在は、土塁と空堀があるだけで、北側には函館空港の滑走路が走っており、飛行機の離着陸が間近で見えます。

 さて、次は七飯(ななえ)町にある大沼公園に向かいます。七飯は元々は「七重」でしたが、飯田村との統合の際「七飯」になっています。大沼公園は、新日本三景(他は、三保の松原と耶馬溪)に選定されており、活火山である駒ヶ岳とその麓に広がっている大沼湖や小沼湖には126の小島があります。一部は橋でつながれ、散策ルートとなっていますので回ってみます。島の一つ、西大島には、作家の新井満がここのログハウスで、森を吹き渡る風に着想を得て「千の風になって」を作ったことを記念するモニュメントがあります。丁度この時期はスイレンの開花の時期で、ピンクや白、黄色と微妙に色の異なるスイレンを見ることができました。

 公園散策後、小腹も空いたので、大沼公園駅前にある大沼だんごの老舗として有名な「沼の家」で、お団子を頂くことにします。ごまと餡子の2種類がありますので、両方頂きました。この団子は、ゴールデンカムイでは、五稜郭包囲戦の前に、鯉登から鶴見への差し入れとして登場しています。食後は、大沼公園駅を覗いてみます。丁度、列車が到着しました。ホームは直ぐそばです。

 昼食は車で30分程の所にある、道の駅「しかべ間欠泉公園」で取ることにします。ここは、道の駅で食材を購入し、蒸し処で自ら蒸して食べるスタイルです。早速、冷凍のホタテの稚貝、甘エビ、ホタテ饅頭を購入し、蒸し処で蒸してみます。100度近い温泉から湯気がもうもうと出ますので、10分間程度で蒸し上がります。

 食事後、道の駅に隣接している間欠泉を見学します。10分ほどの周期で、噴出高約15メートル、温度103度の熱湯が地面から噴出してきます。予想以上の迫力です!眺望の館の1階は通称「洞窟の道」となっており、パネルやビデオで、活火山である駒ヶ岳の噴火による被害や間歇泉のしくみ等がパネルやビデオで紹介されています。しかべ焼きが売られていましたので、頂きましたが、味も形も明石焼きです。

 次は、2021年に世界文化遺産に登録された「北海道・北東北の縄文遺跡群」を見学します。最初は大船遺跡です。途中、三味線滝がありましたので、車を降りて、マイナスイオンに浸かります。この遺跡は、5500~4000年前の1500年にわたって営まれた集落で、床を深く彫り込んだ(中には2m超も)縦穴建物が特徴です。発掘された縦穴は、年代を経る毎に囲炉裏が大きくなっています。説明頂いた係の方によると、寒冷化の影響と言うことです。管理棟の脇にはこれまで発掘された石皿が大量に並べられていました。

 次は、垣ノ島遺跡です。遺跡には函館市縄文文化交流センターがありますので、見学します。ここには縄文時代の土器や狩猟道具が数多く展示されていますが、ここから車で10分程先にある著保内(ちょぼない)遺跡で発見された、北海道唯一の国宝、中空土偶が展示されています。垣ノ島遺跡の入口から遺跡内に入ると、目の前には広大な草原が広がっており、地面の下には縦穴建物群が埋まっているとのことです。ここは、大船遺跡より古く、9000~3000年前の定住の跡です。

 日も傾いてきましたので、函館に向います。途中、道の駅「なとわ・えさん」の展望デッキで、恵山岬と津軽海峡を一望しながら、はこだてプリンとコーヒーを頂きました。「なとわ」は方言で「あなたとわたし」という意味です。国道沿いには、北海道本州最短の地や、汐首岬灯台、旧戸井線アーチ橋がありますので、車を止めて見学します。

 夕食は、ホテルのガイドブックにあった「函館山」で頂きます。 ホテルの明日の朝食は、お寿司のバイキングなので、お刺身系以外の物を注文してみました。お酒は、国稀(増毛)と絹雪(旭川)です。

 食事後は、函館山に上り、函館の夜景を見たいと思います。行く途中、下から山頂をみると、ガスっています。ロープウェイでは、途中までは市街の夜景が美しく見えましたが、山頂からは、残念ながら、ガスでぼんやりとしか見えませんでした。これで今日の観光は終了し、宿泊先の函館駅に隣接しているJRINNに戻ります。