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新潟、新発田

<二日目>

 今日は新潟市内を観光した後、新発田へ向かいたいと思います。まず、新潟市の海岸である寄居浜で海の匂いを体感し、旧斎藤家別邸に向かいます。駐車場から徒歩で向かう途中、新潟大神宮がありましたので、参拝します。その参道には、坂口安吾生誕碑がありました。

 また途中にはカトリック新潟教会がありましたので入ってみます。この聖堂は、スイス出身の建築家によって設計され、左右対称に塔が並び立つ「ロマネスク様式」を取り入れた和洋折衷の木造建築として、昭和2年に建てられたのだそうです。残念ながら、修繕工事中で、外壁にはフェンスが張られていました。

 さていよいよ国指定名勝旧齋藤家別邸に入ります。ここは明治から昭和初期にかけて新潟の三大財閥の一つに数えられた、豪商四代目喜十郎が、1918年に建てた別荘です。砂丘地形を巧みに利用し、深山幽谷の趣を仕立てた庭園は、完成までに三年の歳月をかけたと言われています。主屋の一階・二階からみる新緑の庭は美しく、いつまでも見ていられます。ということで、庭を見ながら一服することとしました。秋も紅葉が美しいでしょうね。

 次は旧小澤家住宅に向かいます。ここは江戸時代後期から新潟で活躍していた旧小澤家の店舗兼住宅です。この住宅はかつての新潟における町家の典型例で、当時の屋敷構えが、ほぼそのまま残されているそうです。残念ながら、藤の花は、盛りを過ぎていました。

 次は新発田に向かいます。お昼時ですので、途中へぎそばで有名な「小嶋屋総本店」に立ち寄ります。お昼時と言うことで、少し混んでいました。注文したのは天へぎセットと、たれソースかつ重セットです。たれソースかつ重は新潟の名物とのこと。蕎麦はフノリがたっぷりはいっているためかつるつるつやつやです。

 新発田では、まず日本百名城である新発田城の見学から始めます。現在は本丸の半分と二の丸の一部が自衛隊新発田駐屯地となっており、城址とは壁で仕切られています。本丸の表門と二の丸隅櫓(本丸鉄砲櫓の跡に移築)が現存建築で、辰巳櫓と三階櫓は復元建築です。1669年に大地震があり、石垣の大半が崩れたことから、当時の最高の技術で積み直ししており、切込接布(はぎぬの)積みの美しい仕上がりになっています。表門のそばには堀部安兵衛像があります。安兵衛は新発田藩士の子どもで、ここで誕生していますが、新発田の人は、それを誇りに感じているようです。

 城址と駐屯地の間に、自衛隊の白壁兵舎広報史料館があり、見学します。館内には日清戦争から太平洋戦争に至る数々の作戦に参加した歩兵第16連隊・歩兵第116連隊等郷土部隊の関連資料や将兵の当時の装備品等を展示しています。新発田城ジオラマが展示されていますが、本丸を時計の10時4時の線で区切った右上が自衛隊の駐屯地です。

 新発田は、モダンな画風で一世を風靡した蕗谷虹児(ふきやこうじ)の誕生地でもあり、蕗谷虹児記念館がありますので見学してみます。1階では、「宮嶋美明・蕗谷虹児 ふたり展」を開催しており、2階には実際に使用していた画材など貴重な資料が展示されています。チャペルのような建物は、虹児が放浪したこともあるロシアの教会をイメージしたとのことです。

 新発田の最後は、新発田藩四代目藩主溝口重雄(しげかつ)が作庭した大名庭園、清水園です。この庭は、近江八景を取り入れた純京都風の回遊式庭園で、中央には草書体の「水」の字をかたどった池が配置されており、池の周囲には五つの茶室が点在しています。庭の中には、「蔵の資料館」と呼ばれる巨大な蔵があります。その中には新発田藩の資料に加え、堀部安兵衛の資料も多数あります。新発田にとって、彼は特別な存在なのでしょう。

 新潟市に戻り、昨日、萬代橋から見えていた「朱鷺メッセ」に行ってみます。朱鷺メッセは、新潟コンベンションセンターとホテル日航が上層部に入っている万代島ビルから構成されるています。ビル最上階の31階はBefcoばかうけ展望室となっており、土産物屋とイベント会場になっています。当日は、新潟手ぬぐい展を 開催していました。新潟旅行の最後に新潟市を俯瞰し、お土産を買って、駅に戻ることにします。

 新幹線にまだ時間があります。鶏はまだ食べていなかったので、、駅チカの「くつろぎの里 蒼心」で、新潟っぽいもの?を頂きました。お酒はもちろん〆張鶴(村上市 宮尾酒造)です。

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村上、新潟

<一日目>

 今回は新潟県の北部を旅行します。はじめに村上市にある村上城(続100名城)に上ります。この城は、標高135mの臥牛山(がぎゅうさん)に築かれた城で、戦国時代には本庄氏の本拠地でしたが、江戸時代には、村上氏・堀氏・松平氏と城主は入れ替わっています。登山口の前にある村上城跡保存育英会で続100名城のスタンプを押した後、登山口から七曲がり道、高低差100mを、一気に上ります。15分程で、城の入口である四つ門が見えてきます。この門は、山頂部の最もくびれた部分に位置しており、一つの門で城内、場外の左右の通路仕切っていることかから、その名がついているようです。

 二の丸から本丸に近づくと、細い城道を見下ろすように出櫓があり、その下には山頂部の本丸と二ノ丸を画している黒門がありました。更に道を上ると、本丸唯一の出入り口にあたる冠木門があります。その門を入ると、本丸と天守台があり、そこからは、市内、その先には日本海のパノラマが広がっています。

 お昼時になりました。今日はせっかく村上に来ましたので、鮭料理の「千年鮭きっかわ井筒屋」に行ってみます。ここは昔、松尾芭蕉が泊まった宿だったようです。ここでは鮭料理八品のセットをお願いしました。先付けで、鮭の酒びたし、手まり寿司、白子の寒風干しが出ます。続いて、鮭の塩引と酒びたし皮が出されますので、ミニ七輪でさっと焼きます。酒びたし皮は、チリチリと丸まり、おどり焼きになります。最後はご飯と一緒に残りの鮭料理が出てきます。ご飯は一膳目は塩引き鮭と一緒に頂き、二膳目は出汁で、茶漬けで頂きました。何れもおいしく頂きましたが、少し塩分は多めです。

 食事後、同じ通りにある「千年鮭きっかわ」を見学します。ここは、塩引き酒や酒の酒びたしなど村上伝統の料理を加工販売する老舗です。築140年の町屋では、天井から吊り下げられた千匹の鮭が見られます。

 商店街の通りから、脇の道に入ります。ここ安善小路は、黒い板の塀で統一され、村上市街の中で、最も城下町の風性が感じられるところです。道の中程には400年ほど前に創建された安善寺があり、下層に屋根のない二階造りの楼門は、往時をしのばせます。

 最後は、三の丸にある駐車場に戻り、同じ敷地にある三か所の資料館を順に見学していきます。最初は、若林家住宅で、二百数十年前から明治期まで、村上藩士若林家とその子孫が生活していた建物です。若林家は150石の者頭(ものがしら)役で、17人の足軽を指揮していたようです。庭に面した縁側には、村上らしく、鮭が干されていました。

 続いて、村上歴史文化館を見学します。外観は村上市にあった明治時代後期の旧藤井医院を参考に設計されたとのことです。村上市所蔵の民俗資料や歴史資料が展示されています。食文化では、江戸時代の祝い膳が展示されていましたが、酒の肴は今と全く同じですね。

 最後は、おしゃぎり会館です。毎年7月7日に開催される村上大祭で引き回される「おしゃぎり」と呼ばれる大きな山車を、1、2階福抜けのブースで展示しています。ここの2階には、村上歴代城主の関連資料や刀剣、甲冑などの歴史資料が展示されています。

 次は、村上市街を離れ、笹川流れに向かいます。笹川流れとは、国指定名勝天然記念物で県立自然公園に指定されている景勝地で、約11㎞の海岸線には、激しい荒波により侵食されて作られた奇岩が多くあり、変化に富んでいます。とりあえず道の駅笹川流れの夕日会館に立ち寄り、ソフトクリームを頂きます。展望台から海岸線をみます。ここは恋人の聖地ではありませんが、柵には鍵が多くかけられていました。

 観光案内のパンフレットでは、遊覧船から眺めるのがおすすめとありますが、日本海の荒波、揺れると具合が悪くなりますので、国道から奇岩を眺めることに止めました。

 新潟市に戻り、今日の宿泊先であるアパホテルに到着しました。一服してから、徒歩で、新潟日報メディアシップ20階の展望フロア「そらの広場」に向かいます。ここは地上約100mに位置しており、眼下には信濃川や新潟市中心部、遠くには日本海を、望むことができます。萬代橋の近くには新潟ブルースの歌碑が有りました。

 今日の夕食は萬代橋のたもとに有り、新潟ブランド牛を味わえるというビストロ椿に行くことにします。村上は鮭と牛が2大グルメですが、牛は食べていなかったので、店の方に村上牛を頂けるか伺ったところ、タリアータは村上牛とのことなので、それをお願いしました。出された料理は何れもおいしく、ボリュームもそこそこあり、いい店だと思います。帰る際、萬代橋からは、遠くに朱鷺メッセやホテル日航の夜景が見えます。

 新潟日報メディアシップの展望フロアは、夜も11時までやってるということなので、ホテルに戻る前に、夜景を見に再度上ってみます。明るい時とは違って、夜景はロマンチックですね。