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国内旅行

栃木、壬生、宇都宮、益子

<一日目>

 今回は栃木県南部を観光します。蔵の街、栃木市からスタートです。初めに、蔵の街遊覧船に乗船し、巴波川(うずまがわ)を、舟で20分程遊覧します。船頭さんによると、栃木宿は、江戸末期の天狗党の襲撃で放火されたため、江戸時代から残っている建物は、ここの船着き場に沿って建っている木材廻船問屋を営んでいた塚田家の建物だけということです。船頭さんは一通り歴史を説明した後で、「栃木河岸船頭唄」を唄ってくれます。最後に、「券は一日乗船券なので、今日は何回でも乗船できますよ」と、言っていました。

 昼時となりましたので、食事をしたいと思います。観光協会の前を通って、ガイドブックに載っていた老舗洋食店の「赤城亭」に行ってみました。残念ながら、当日は予約者で満員とのこと。気を取り直し、近くの「かな半」に入り、「もろ湯葉丼」を頂きました。「もろ」とは、茨城県北部から宮城県沖で獲れる「ネズミザメ(モウカザメ)」のことで、それを醤油や砂糖でやわらかく煮付けた料理は、栃木県民のソールフードとのこと。「もろ湯葉丼」は、「もろ」と湯葉の合体で完全に地元料理ですね。

 食事後、近くにある栃木市郷土参考館を見学します。ここは質屋を営んでいた板倉家の主屋と土蔵で、約200年前の建物だそうです。主屋へはは、格子戸のくぐり戸からかがんで入ります。土蔵は間口5.4m、奥行き12.6mで、当時のまま残されています。土蔵の中は共同参考館として、昔のこの地域の民俗資料が展示されています。

 次は、日光例幣使街道で、伝統的建物保存地区になっている嘉右衛門町に行きます。日光例幣使とは、朝廷から毎年日光東照宮へ幣束(へいそく)を奉納していた勅使のことです。例幣使を迎える街道の中でも栃木塾は、舟運で栄え、街道随一の賑やかさだったそうです。嘉右衛門町の一角に、油伝(あぶでん)味噌が有りますので、入ってみます。ここは1781年に油屋として創業し、幕末からは味噌の製造をしています。味噌屋ですので、名物の「伝兵衛もち」と「田楽盛合わせ」、飲み物は、地酒のわかこま(若駒酒造、小山市)とクラフトビールを頂きました。

 栃木市の次は、おもちゃのまち壬生町に向かいます。1960年代に、東京下町の葛飾区や墨田区から、玩具工場を誘致し、ここにおもちゃの工業団地が作られました。はじめは、町営のおもちゃ博物館を見学します。ここの1階は、子供の遊び場となっていますが、2階はブリキやキャラクターグッズなど貴重なおもちゃ9000点を展示した博物館となっています。懐かしいおもちゃがたくさん展示されていました。別館の鉄道模型の展示コーナーには、巨大で精巧なジオラマがあり、持ち込んだ車両を走らせる運転体験もできるそうです。

 次はバンダイミュージアムの見学です。ここは日本のおもちゃ、西洋のアンティークトイ、エジソン発明品、ガンダムの四つのテーマから構成されています。日本のおもちゃに関しては、町営のおもちゃ博物館と似たような展示になっていますが、仮面ライダーやウルトラマンのフィギアがずらりと並び、かつて手にしたものも多く有り、懐かしさを感じます。

 雨が強くなってきましたので、これで観光は終了し、今日の宿泊先である宇都宮市のダイワロイネットに向かいます。夕食は、駅そばの「ビストロキャトルズ」に入ります。「10種具材のサラダ」と「前菜盛り合わせ」を、お願いしましが、サラダは席の前で、それぞれの具材をボールで混ぜていきます。初めて見たパフォーマンスです。最後はパスタで締め、今日はホテルに戻ります。

<二日目>

 今日は昨日の雨もやみ、絶好の観光日和です。部屋の窓からは正面にJR宇都宮駅、下には宇都宮ライトレールの駅が見えます。食事前にJR宇都宮駅行き、ビーナスが餃子の皮に包まれた「餃子のビーナス」を見に行きました。 1994年制作で30年以上も立っていますので、昔の写真と比べると大谷石はだいぶすり減っているような気がします。

 今日は、宇都宮市内を観光し、その後益子に向かいます。宇都宮ではまず二荒山(ふたあらやま)神社に参拝します。日光の二荒山神社(ふたらさんじんじゃ)との区別のために地名を冠して「宇都宮二荒山神社」と呼ばれるようです。行ってみると、大鳥居の後ろには、3×3バスケットボールの特設コートが設置されています。本日はセレモニーで明日、明後日と試合があるようです。会場脇から入り、石段を上って、拝殿で参拝します。途中の石段には、無料自由席のステッカーが貼られていました。

 次は、カトリック松が峰教会に向かいます。ここは1932年の創建で、ロマネスク様式で、日本では数少ない双塔の教会建築です。宇都宮特産の大谷石を大部分に使い、国の登録有形文化財にも指定されています。

 最後は、宇都宮城址です。宇都宮城は、戊辰戦争(ここで土方歳三も戦った)で建物の大半が焼失し、後に土塁は壊され、堀も埋め立てられています。こうした中、宇都宮市は、市制110周年事業として、本丸西側にあたる約3・7ヘクタールの「復元」を計画。用地買収や建設費など160億かけ、土塁や堀などを造り、宇都宮城址公園として開園しています。土塁の中は、ものしり館(地域歴史博物館)と防災倉庫となっています。ものしり館には、城址公園が出来るまでの経緯と宇都宮城のジオラマなどが展示されています。ものしり館では、地元のボランティアの方から、宇都宮城の歴史を説明頂きました。

 駐車場に戻ります。途中、オリオン通りを通ると、大関和(オオゼキチカ)の大きな垂れ幕が掲げられています。栃木県は、PRで今年は彼女を前面に出すようです。宇都宮二荒山神社と道路の反対側に宇都宮二荒山神社の摂社下之宮が有ります。もともとはここが、宇都宮二荒山神社発祥の社とのことです。

 次は益子に向かいます。お昼時間ですので、昼食は、手打ちそば「うえの」で頂くことにしました。「海老天ざる」と、「とろろそば」をお願いしました。そばは、こしがあって量もそこそこ有り、良いお店でした。

 食事後は、民芸運動の主導者の一人で、人間国宝でもあった陶芸家濱田庄司の住まいと工房だった「濱田庄司記念益子参考館」に行きます。ここには、彼が収集した工芸品が展示され、濱田庄司の作品と工房も見ることができます。濱田庄司の住まいは、益子町の高野家の母屋を移築したもので、民芸風にアレンジされて、雰囲気を体感出来ます。茅の防虫のためか、煙で常にいぶされています。

 住まいの近くには、細工場(さいくば、仕事場)があり、そこには、濱田庄司が実際に使用していた手回し轆轤が置いてあります。そこから少し下りたところに、濱田庄司が使用していた全長16m八室からなる大登り窯があります。この窯は、東日本大震災の時に崩壊ましたが修復され、「濱田庄司登り窯復活プロジェクト」で数回火が入っています。当日は、2026年1月の窯の区割表が黒板に残されていました。。

 参考館の次は、益子観光南駐車場に車を置き、城内坂通りをブラブラ歩き、益子焼窯元共販センターや「やまに」の何軒かあるお店を覗いてみます。来週の連休期間中は40万人がここを訪れるそうですが、今は閑散としています。日も傾いてきましたので、益子焼の製造販売もしている「カフェレストラン壺々炉(こころ)」で一休みして、戻ることにします。