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新潟、新発田

<二日目>

 今日は新潟市内を観光した後、新発田へ向かいたいと思います。まず、新潟市の海岸である寄居浜で海の匂いを体感し、旧斎藤家別邸に向かいます。駐車場から徒歩で向かう途中、新潟大神宮がありましたので、参拝します。その参道には、坂口安吾生誕碑がありました。

 また途中にはカトリック新潟教会がありましたので入ってみます。この聖堂は、スイス出身の建築家によって設計され、左右対称に塔が並び立つ「ロマネスク様式」を取り入れた和洋折衷の木造建築として、昭和2年に建てられたのだそうです。残念ながら、修繕工事中で、外壁にはフェンスが張られていました。

 さていよいよ国指定名勝旧齋藤家別邸に入ります。ここは明治から昭和初期にかけて新潟の三大財閥の一つに数えられた、豪商四代目喜十郎が、1918年に建てた別荘です。砂丘地形を巧みに利用し、深山幽谷の趣を仕立てた庭園は、完成までに三年の歳月をかけたと言われています。主屋の一階・二階からみる新緑の庭は美しく、いつまでも見ていられます。ということで、庭を見ながら一服することとしました。秋も紅葉が美しいでしょうね。

 次は旧小澤家住宅に向かいます。ここは江戸時代後期から新潟で活躍していた旧小澤家の店舗兼住宅です。この住宅はかつての新潟における町家の典型例で、当時の屋敷構えが、ほぼそのまま残されているそうです。残念ながら、藤の花は、盛りを過ぎていました。

 次は新発田に向かいます。お昼時ですので、途中へぎそばで有名な「小嶋屋総本店」に立ち寄ります。お昼時と言うことで、少し混んでいました。注文したのは天へぎセットと、たれソースかつ重セットです。たれソースかつ重は新潟の名物とのこと。蕎麦はフノリがたっぷりはいっているためかつるつるつやつやです。

 新発田では、まず日本百名城である新発田城の見学から始めます。現在は本丸の半分と二の丸の一部が自衛隊新発田駐屯地となっており、城址とは壁で仕切られています。本丸の表門と二の丸隅櫓(本丸鉄砲櫓の跡に移築)が現存建築で、辰巳櫓と三階櫓は復元建築です。1669年に大地震があり、石垣の大半が崩れたことから、当時の最高の技術で積み直ししており、切込接布(はぎぬの)積みの美しい仕上がりになっています。表門のそばには堀部安兵衛像があります。安兵衛は新発田藩士の子どもで、ここで誕生していますが、新発田の人は、それを誇りに感じているようです。

 城址と駐屯地の間に、自衛隊の白壁兵舎広報史料館があり、見学します。館内には日清戦争から太平洋戦争に至る数々の作戦に参加した歩兵第16連隊・歩兵第116連隊等郷土部隊の関連資料や将兵の当時の装備品等を展示しています。新発田城ジオラマが展示されていますが、本丸を時計の10時4時の線で区切った右上が自衛隊の駐屯地です。

 新発田は、モダンな画風で一世を風靡した蕗谷虹児(ふきやこうじ)の誕生地でもあり、蕗谷虹児記念館がありますので見学してみます。1階では、「宮嶋美明・蕗谷虹児 ふたり展」を開催しており、2階には実際に使用していた画材など貴重な資料が展示されています。チャペルのような建物は、虹児が放浪したこともあるロシアの教会をイメージしたとのことです。

 新発田の最後は、新発田藩四代目藩主溝口重雄(しげかつ)が作庭した大名庭園、清水園です。この庭は、近江八景を取り入れた純京都風の回遊式庭園で、中央には草書体の「水」の字をかたどった池が配置されており、池の周囲には五つの茶室が点在しています。庭の中には、「蔵の資料館」と呼ばれる巨大な蔵があります。その中には新発田藩の資料に加え、堀部安兵衛の資料も多数あります。新発田にとって、彼は特別な存在なのでしょう。

 新潟市に戻り、昨日、萬代橋から見えていた「朱鷺メッセ」に行ってみます。朱鷺メッセは、新潟コンベンションセンターとホテル日航が上層部に入っている万代島ビルから構成されるています。ビル最上階の31階はBefcoばかうけ展望室となっており、土産物屋とイベント会場になっています。当日は、新潟手ぬぐい展を 開催していました。新潟旅行の最後に新潟市を俯瞰し、お土産を買って、駅に戻ることにします。

 新幹線にまだ時間があります。鶏はまだ食べていなかったので、、駅チカの「くつろぎの里 蒼心」で、新潟っぽいもの?を頂きました。お酒はもちろん〆張鶴(村上市 宮尾酒造)です。

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村上、新潟

<一日目>

 今回は新潟県の北部を旅行します。はじめに村上市にある村上城(続100名城)に上ります。この城は、標高135mの臥牛山(がぎゅうさん)に築かれた城で、戦国時代には本庄氏の本拠地でしたが、江戸時代には、村上氏・堀氏・松平氏と城主は入れ替わっています。登山口の前にある村上城跡保存育英会で続100名城のスタンプを押した後、登山口から七曲がり道、高低差100mを、一気に上ります。15分程で、城の入口である四つ門が見えてきます。この門は、山頂部の最もくびれた部分に位置しており、一つの門で城内、場外の左右の通路仕切っていることかから、その名がついているようです。

 二の丸から本丸に近づくと、細い城道を見下ろすように出櫓があり、その下には山頂部の本丸と二ノ丸を画している黒門がありました。更に道を上ると、本丸唯一の出入り口にあたる冠木門があります。その門を入ると、本丸と天守台があり、そこからは、市内、その先には日本海のパノラマが広がっています。

 お昼時になりました。今日はせっかく村上に来ましたので、鮭料理の「千年鮭きっかわ井筒屋」に行ってみます。ここは昔、松尾芭蕉が泊まった宿だったようです。ここでは鮭料理八品のセットをお願いしました。先付けで、鮭の酒びたし、手まり寿司、白子の寒風干しが出ます。続いて、鮭の塩引と酒びたし皮が出されますので、ミニ七輪でさっと焼きます。酒びたし皮は、チリチリと丸まり、おどり焼きになります。最後はご飯と一緒に残りの鮭料理が出てきます。ご飯は一膳目は塩引き鮭と一緒に頂き、二膳目は出汁で、茶漬けで頂きました。何れもおいしく頂きましたが、少し塩分は多めです。

 食事後、同じ通りにある「千年鮭きっかわ」を見学します。ここは、塩引き酒や酒の酒びたしなど村上伝統の料理を加工販売する老舗です。築140年の町屋では、天井から吊り下げられた千匹の鮭が見られます。

 商店街の通りから、脇の道に入ります。ここ安善小路は、黒い板の塀で統一され、村上市街の中で、最も城下町の風性が感じられるところです。道の中程には400年ほど前に創建された安善寺があり、下層に屋根のない二階造りの楼門は、往時をしのばせます。

 最後は、三の丸にある駐車場に戻り、同じ敷地にある三か所の資料館を順に見学していきます。最初は、若林家住宅で、二百数十年前から明治期まで、村上藩士若林家とその子孫が生活していた建物です。若林家は150石の者頭(ものがしら)役で、17人の足軽を指揮していたようです。庭に面した縁側には、村上らしく、鮭が干されていました。

 続いて、村上歴史文化館を見学します。外観は村上市にあった明治時代後期の旧藤井医院を参考に設計されたとのことです。村上市所蔵の民俗資料や歴史資料が展示されています。食文化では、江戸時代の祝い膳が展示されていましたが、酒の肴は今と全く同じですね。

 最後は、おしゃぎり会館です。毎年7月7日に開催される村上大祭で引き回される「おしゃぎり」と呼ばれる大きな山車を、1、2階福抜けのブースで展示しています。ここの2階には、村上歴代城主の関連資料や刀剣、甲冑などの歴史資料が展示されています。

 次は、村上市街を離れ、笹川流れに向かいます。笹川流れとは、国指定名勝天然記念物で県立自然公園に指定されている景勝地で、約11㎞の海岸線には、激しい荒波により侵食されて作られた奇岩が多くあり、変化に富んでいます。とりあえず道の駅笹川流れの夕日会館に立ち寄り、ソフトクリームを頂きます。展望台から海岸線をみます。ここは恋人の聖地ではありませんが、柵には鍵が多くかけられていました。

 観光案内のパンフレットでは、遊覧船から眺めるのがおすすめとありますが、日本海の荒波、揺れると具合が悪くなりますので、国道から奇岩を眺めることに止めました。

 新潟市に戻り、今日の宿泊先であるアパホテルに到着しました。一服してから、徒歩で、新潟日報メディアシップ20階の展望フロア「そらの広場」に向かいます。ここは地上約100mに位置しており、眼下には信濃川や新潟市中心部、遠くには日本海を、望むことができます。萬代橋の近くには新潟ブルースの歌碑が有りました。

 今日の夕食は萬代橋のたもとに有り、新潟ブランド牛を味わえるというビストロ椿に行くことにします。村上は鮭と牛が2大グルメですが、牛は食べていなかったので、店の方に村上牛を頂けるか伺ったところ、タリアータは村上牛とのことなので、それをお願いしました。出された料理は何れもおいしく、ボリュームもそこそこあり、いい店だと思います。帰る際、萬代橋からは、遠くに朱鷺メッセやホテル日航の夜景が見えます。

 新潟日報メディアシップの展望フロアは、夜も11時までやってるということなので、ホテルに戻る前に、夜景を見に再度上ってみます。明るい時とは違って、夜景はロマンチックですね。

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栃木、壬生、宇都宮、益子

<一日目>

 今回は栃木県南部を観光します。蔵の街、栃木市からスタートです。初めに、蔵の街遊覧船に乗船し、巴波川(うずまがわ)を、舟で20分程遊覧します。船頭さんによると、栃木宿は、江戸末期の天狗党の襲撃で放火されたため、江戸時代から残っている建物は、ここの船着き場に沿って建っている木材廻船問屋を営んでいた塚田家の建物だけということです。船頭さんは一通り歴史を説明した後で、「栃木河岸船頭唄」を唄ってくれます。最後に、「券は一日乗船券なので、今日は何回でも乗船できますよ」と、言っていました。

 昼時となりましたので、食事をしたいと思います。観光協会の前を通って、ガイドブックに載っていた老舗洋食店の「赤城亭」に行ってみました。残念ながら、当日は予約者で満員とのこと。気を取り直し、近くの「かな半」に入り、「もろ湯葉丼」を頂きました。「もろ」とは、茨城県北部から宮城県沖で獲れる「ネズミザメ(モウカザメ)」のことで、それを醤油や砂糖でやわらかく煮付けた料理は、栃木県民のソールフードとのこと。「もろ湯葉丼」は、「もろ」と湯葉の合体で完全に地元料理ですね。

 食事後、近くにある栃木市郷土参考館を見学します。ここは質屋を営んでいた板倉家の主屋と土蔵で、約200年前の建物だそうです。主屋へはは、格子戸のくぐり戸からかがんで入ります。土蔵は間口5.4m、奥行き12.6mで、当時のまま残されています。土蔵の中は共同参考館として、昔のこの地域の民俗資料が展示されています。

 次は、日光例幣使街道で、伝統的建物保存地区になっている嘉右衛門町に行きます。日光例幣使とは、朝廷から毎年日光東照宮へ幣束(へいそく)を奉納していた勅使のことです。例幣使を迎える街道の中でも栃木塾は、舟運で栄え、街道随一の賑やかさだったそうです。嘉右衛門町の一角に、油伝(あぶでん)味噌が有りますので、入ってみます。ここは1781年に油屋として創業し、幕末からは味噌の製造をしています。味噌屋ですので、名物の「伝兵衛もち」と「田楽盛合わせ」、飲み物は、地酒のわかこま(若駒酒造、小山市)とクラフトビールを頂きました。

 栃木市の次は、おもちゃのまち壬生町に向かいます。1960年代に、東京下町の葛飾区や墨田区から、玩具工場を誘致し、ここにおもちゃの工業団地が作られました。はじめは、町営のおもちゃ博物館を見学します。ここの1階は、子供の遊び場となっていますが、2階はブリキやキャラクターグッズなど貴重なおもちゃ9000点を展示した博物館となっています。懐かしいおもちゃがたくさん展示されていました。別館の鉄道模型の展示コーナーには、巨大で精巧なジオラマがあり、持ち込んだ車両を走らせる運転体験もできるそうです。

 次はバンダイミュージアムの見学です。ここは日本のおもちゃ、西洋のアンティークトイ、エジソン発明品、ガンダムの四つのテーマから構成されています。日本のおもちゃに関しては、町営のおもちゃ博物館と似たような展示になっていますが、仮面ライダーやウルトラマンのフィギアがずらりと並び、かつて手にしたものも多く有り、懐かしさを感じます。

 雨が強くなってきましたので、これで観光は終了し、今日の宿泊先である宇都宮市のダイワロイネットに向かいます。夕食は、駅そばの「ビストロキャトルズ」に入ります。「10種具材のサラダ」と「前菜盛り合わせ」を、お願いしましが、サラダは席の前で、それぞれの具材をボールで混ぜていきます。初めて見たパフォーマンスです。最後はパスタで締め、今日はホテルに戻ります。

<二日目>

 今日は昨日の雨もやみ、絶好の観光日和です。部屋の窓からは正面にJR宇都宮駅、下には宇都宮ライトレールの駅が見えます。食事前にJR宇都宮駅行き、ビーナスが餃子の皮に包まれた「餃子のビーナス」を見に行きました。 1994年制作で30年以上も立っていますので、昔の写真と比べると大谷石はだいぶすり減っているような気がします。

 今日は、宇都宮市内を観光し、その後益子に向かいます。宇都宮ではまず二荒山(ふたあらやま)神社に参拝します。日光の二荒山神社(ふたらさんじんじゃ)との区別のために地名を冠して「宇都宮二荒山神社」と呼ばれるようです。行ってみると、大鳥居の後ろには、3×3バスケットボールの特設コートが設置されています。本日はセレモニーで明日、明後日と試合があるようです。会場脇から入り、石段を上って、拝殿で参拝します。途中の石段には、無料自由席のステッカーが貼られていました。

 次は、カトリック松が峰教会に向かいます。ここは1932年の創建で、ロマネスク様式で、日本では数少ない双塔の教会建築です。宇都宮特産の大谷石を大部分に使い、国の登録有形文化財にも指定されています。

 最後は、宇都宮城址です。宇都宮城は、戊辰戦争(ここで土方歳三も戦った)で建物の大半が焼失し、後に土塁は壊され、堀も埋め立てられています。こうした中、宇都宮市は、市制110周年事業として、本丸西側にあたる約3・7ヘクタールの「復元」を計画。用地買収や建設費など160億かけ、土塁や堀などを造り、宇都宮城址公園として開園しています。土塁の中は、ものしり館(地域歴史博物館)と防災倉庫となっています。ものしり館には、城址公園が出来るまでの経緯と宇都宮城のジオラマなどが展示されています。ものしり館では、地元のボランティアの方から、宇都宮城の歴史を説明頂きました。

 駐車場に戻ります。途中、オリオン通りを通ると、大関和(オオゼキチカ)の大きな垂れ幕が掲げられています。栃木県は、PRで今年は彼女を前面に出すようです。宇都宮二荒山神社と道路の反対側に宇都宮二荒山神社の摂社下之宮が有ります。もともとはここが、宇都宮二荒山神社発祥の社とのことです。

 次は益子に向かいます。お昼時間ですので、昼食は、手打ちそば「うえの」で頂くことにしました。「海老天ざる」と、「とろろそば」をお願いしました。そばは、こしがあって量もそこそこ有り、良いお店でした。

 食事後は、民芸運動の主導者の一人で、人間国宝でもあった陶芸家濱田庄司の住まいと工房だった「濱田庄司記念益子参考館」に行きます。ここには、彼が収集した工芸品が展示され、濱田庄司の作品と工房も見ることができます。濱田庄司の住まいは、益子町の高野家の母屋を移築したもので、民芸風にアレンジされて、雰囲気を体感出来ます。茅の防虫のためか、煙で常にいぶされています。

 住まいの近くには、細工場(さいくば、仕事場)があり、そこには、濱田庄司が実際に使用していた手回し轆轤が置いてあります。そこから少し下りたところに、濱田庄司が使用していた全長16m八室からなる大登り窯があります。この窯は、東日本大震災の時に崩壊ましたが修復され、「濱田庄司登り窯復活プロジェクト」で数回火が入っています。当日は、2026年1月の窯の区割表が黒板に残されていました。。

 参考館の次は、益子観光南駐車場に車を置き、城内坂通りをブラブラ歩き、益子焼窯元共販センターや「やまに」の何軒かあるお店を覗いてみます。来週の連休期間中は40万人がここを訪れるそうですが、今は閑散としています。日も傾いてきましたので、益子焼の製造販売もしている「カフェレストラン壺々炉(こころ)」で一休みして、戻ることにします。

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ミラノ

<十日目>

 いよいよ今日は最終日です。有名どころの観光地はすでに大概見ていますので、今日は、買物とミラノ散策に当てたいと思います。はじめに地下鉄2号線でガリバルディ駅に行きます。駅の周辺は、ポルタ・ヌォーバとして開発されたビジネス街で、遠くには、建物の周囲一面に木が植えられている「垂直の森」が見えます。ここで、地元の有名スーパーEsselingaに行き、イタリアの食材を買いたいと思います。売り場で、私の目を引いたのは、イタリアのワインコーナーで、ワインが地域ごとに並べられています。もっとイタリアに居られたら、これを順番に飲めたのにな、と思いました。

 次は、デパートのリナシェンテに行くため、ドゥオーモに向かいます。ドゥオーモ脇のガッレリアに入り、地面の雄牛のモザイク画の急所部分に靴のかかとを入れ、ぐるぐる回る光景を見ます。こうすると願いが叶うとされていて、前回来た際、私もしてみました。ガッレリアを出て、ドゥオーモの奥側のリナシェンテに入ります。

 買い物をしていると、お昼時となりました。今回の旅行では、パスタやリゾットなど炭水化物系が多かったので、最後は肉でガツンと行きたいと思います。例によってAIに肉が手軽に食べられるところを聞いたところ「Da Mario Steak House」を紹介されたので、行ってみます。確かにこの店はお手軽な店らしく、昼食時のサラリーマンや工事関係者など、地元の人が大勢入店してきます。アルゼンチン産アンガスビーフのスライス300g以上とチーズハンバーガーをお願いしました。肉はボリュームが多く、全部食べきれないほどでした。

 食後も、買い物を続けます。次はイタリアで750年の歴史をもつ老舗製紙会社ファブリアーノへ向います。美しい色彩と、とにかく書きやすい厚手の紙が魅力のメーカーで、日本ではなかなか無い深いグレーの表紙のノートを買いました。ミラノ中央駅に戻り、dmというドイツのドラッグストアで、イタリアでも人気でオリジナル商品がネット上で評判がよいので、いくつかボディケア商品を買ってみました。また、KIKOという、ミラノ発祥のイタリアで人気のコスメショップがあり、日本にはまだ入ってきていないので、覗いてみました。

 ミラノの最後は、ナヴィリオ地区のナヴィリオ・グランデ沿いのエリアで、アペリティーボを楽しみたいと思います。ミラノ中央駅から、地下鉄緑線(linea2)でポルタジェノバ駅で下車し、徒歩で約5分で、ミラノでは珍しくなった運河が現れます。運河沿いに、既に大勢の人々が行き来していますが、運河に架かるアルダ・メリーニ橋には愛の南京錠がぎっしりかけられ、下の部分にはステッカーが隙間無く張られています。橋のたもとには、南京錠売りが居ます。

 アペリティーボは「食前酒」という意味ですが、ここミラノ(イタリア全土かも?)でアペリティーボと言えば、ドリンク一杯とブッフェ形式の食事が食べ放題というシステムです。調子の良い呼び子に声を掛けられた事もあり、運河沿いの「La contea navigli」に入ります。アペリティーボのお酒は、イタリアの定番スプリッツをお願いしました。食事はフリーなので、ここで夕食もとることとし、ワインも追加し、暮れなずむ空を見ながら、ミラノの最後の夜を過ごしました。

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ヴェローナ

<九日目>

 今日は、小雨がぱらつくあいにくの天気ですが、本格的な雨にはならないようです。列車はミラノ中央駅を7時45分に出発し、ヴェローナ駅には9時に到着しました。駅前からバスに乗り、街の中心部にあるアレーナでおります。アレーナは、オリンピック開催に合わせ、改修工事ということで、残念ながら見学はできません。その周りは、ベラ広場ですが、まだ朝が早いので、観光客は少ないです。ブランドショップが立ち並ぶジュゼッペ・マッジーニ通りを抜け、ロミオとジュリエッタのヒロイン、ジュリエッタの家に向かいます。

 通りを左にまがり、50mほど進むと左側にジュリエッタの家という看板がありますので、そこから中に入ります。入るとすぐに、これまでテレビ等で何回も見たジュリエッタの家の風景が飛び込んできます。バルコニーには、人影が有りますが、家への入場は予約が必要で、今日は予約していません。外から見るだけです。ジュリエッタの像の前には、大勢写真を撮る人がいます。

 そこから100m位のところにロミオの家がありますが、観光客は誰もいませんでした。この近くには、せむし男で有名な、ヴェローナで最も大きいサンタ・アナスタージア教会が有りますので、行ってみます。入口から入ると直ぐに、左右の柱の聖水盤の下にせむし男がいます。これらには「キリスト教的な人間の苦痛を表現している」とか「教会に入る前に身をかがめて謙虚になれ」とか、色々な考え方があります。この教会のパンフレットには、せむし男に触れると、幸運がやってくる、と書かれてあります。主祭壇の左側には、14世紀中頃に制作された彫刻と絵画を組み合わせたコルテシア セレゴの記念碑というレリーフのような作品があります。中央で鎧を着て馬に乗っているのがコルテシアです。

 市や飲食店が多くあるエルベ広場に立つ、ランベルティの塔に登ることにします。この塔にはエレベーターが有りますので、さくっと上に登れます。塔の上からは、ヴェローナ全体が見渡せます。先ほど見てきたサンタ・アナスタージア教会や、アディジェ川の向こうの小高い丘には、これから行くサン・ピエトロ城跡も見えます。

 街の中心から、アディジェ川に架かる橋を渡り、サン・ピエトロ城跡を目指し、丘の坂道をひたすら10分程上ります。途中、林の陰からは、ヴェローナの美しい光景が、時々見えてきます。サン・ピエトロ城跡に到着し、下を見ると、期待にたがわぬ美しい光景が見えます。ところが、城跡の先を見ると、なんとケーブルカーの駅があります!ケーブルカーがあるとは知りませんでした。ですが、帰りも坂道を歩いて戻ります。

 昼食時となりました。例によって、「評判の良い店」ということでAIに聞きました。その中から、ヴェローナのワインを使って煮込むリゾットアマローネと、トウモロコシの粉で作るポレンタが食べられそうな「La Vecia Mescola」に入ることにしました。一番乗りでしたので、客はまだいません。店内は、雰囲気の良い店です。リゾットアマローネは2人前からとのことなので、2人前を頂き、ポレンタが添えられている子牛のレバーの煮込みもお願いしました。プラス、ワインと炭酸水。アマローネリゾットは見た目もそうですが、私には小豆で煮たような「おかゆの味」がしました。子牛のレバーは想像通りの味でしたが、ポレンタは、見た目では甘く見えますが、全く味がしないのにビックリしました。ヴェローナでは、良い食事の体験ができました。

 最後は、ジュリエッタの墓があるというフレスコ画博物館を見学します。物語の主人公に、お墓があるというのもなんか変な気がしますが。フレスコ画博物館に入ると、地下に降りていく階段があります。その階段を下りた先に、ジュリエットの墓がありました。元々は何だったんでしょう?

 列車の時間も近づいてきましたので、歩いてヴェローナ駅に向かいます。街は「城壁」で囲まれています。ヴェローナは古来から交通の要衝で、外敵からの脅威に常にさらされているので、こうなったようです。来たときと逆に、ジュゼッペ・マッジーニ通り、ベラ広場と通ります。通りの菓子屋に、トルタ・ルッサが売られています。「ロシアのケーキ」という意味で、大きく、背が高くふわふわ、ナッツのような香りが漂うケーキのようです。これも買えば良かったです。ヴェローナからは、16時の列車に乗り、17時15分にミラノ中央駅に戻りました。

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ジェノバ その2

<八日目>

 今日はジェノバ観光の最終日です。部屋の窓から外を見ると、天気は晴天です。16時発のミラノ行きの列車に乗りますので、それまでの間、見逃した所を見ていきたいと思います。はじめは、ジェノヴァ名物のケーブルカー、一昨日も乗りましたが、ZECCA駅からRIGHI駅の区間に乗ります。約10分の区間です。下のZECCA駅では、上のRIGHI駅での展望を大々的に宣伝していますが、展望台からは木立に邪魔され、他の展望台に比べると、今一つです。

 次は、観光案内所近くにある、赤の宮殿、白の宮殿、ドーリア・トルシー宮を見学します。初日の観光では、赤の宮殿のみ見学しましたが、本来はこの三箇所は共通券でした。翌日気づきましたが、後の祭りです。今日は、三箇所きっちり見たいと思います。初めは、白の宮殿です。白の宮殿というだけあって、建物内部は白色がメインです。赤の宮殿と同じように、各部屋には絵画が展示され、それを順に観ていくことになります。屋上の中庭からは、道を隔てて、赤の宮殿が見えます。ここの1階は、ドーリア・トルシー宮に繋がっていますので、そのまま進みます。

 ドーリア・トルシー宮はジェノヴァ市が所有する絵画、彫刻、陶器等ののコレクションが展示されています。ジェノバ出身のバイオリニスト、パガニーニの部屋がありそこには、彼が愛用していたバイオリンやパガニーニが書いた楽譜が展示されています。。

 次は通りを隔てた赤の宮殿に、入ります。2回目ですので、見たかった絵を見ていきます。

 最後は、白と黒の大理石の縞々模様が美しい、サンロレンツォ教会を見学します。身廊の天井はとても高く、その下の列柱も、白と黒の縞々模様になっています。右手の壁には、ルーベンスの宗教画が、掲げられています。右側の塔は、高さ60メ-トルで、有料で階段を上って行くことが出来ます。塔の上からは、ジェノヴァの街を見渡すことが出来ます。

 昼食時となりました。ジェノヴァでの最後の昼食は、街の名前そのもののジェノヴェーゼに行きます。地元では評判がいいようです。例によって炭酸水とワインをお願いします。この店ではパンと一緒に、バターでは無くペストが付いてきました。食事は、TUCCUのラビオリ(中の詰め物は野菜ベース+濃厚な肉の煮込みソース、ジェノバの伝統料理)とぺストのニョッキをお願いしました。噂に違わず、非常に美味しい味です。食事後は預けた荷物を取りにホテルに戻ります。エスプレッソを飲みながら、列車の時間を待ちました。

 ジェノバを16時に出発し、ミラノには夕方18時頃の到着です。今日の宿泊先は、ミラノヒルトンで、ミラノ中央駅から歩いて数分の所にあります。ミラノはこれで3回目ですが、今日の夕食は、前回行ったことのある「Miscusi」でさくっと食べたいと思います。カルボナーラとペペロンチーノのラビオリ(また!)、ワインと炭酸水をお願いしました。明日は、ロミオとジュリエットで有名な、ヴェローナに行く予定です。

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チンクエッテレ

<七日目>

 ブリニョールを7時56分出発し、チンクエッテレの最初の駅であるモンテロッソには9時5分に着きます。途中、車窓からはジェノバ湾の青々とした海が見え、これからの期待をそそらせます。モンテロッソ到着後、下車してみます。モンテロッソ駅の上には、眺めのいいカフェテリアあります。ここに来るまでは、チンクエッテレ(イタリア語で5の村)には特別の観光列車が走っている、と思っていましたが、実際には、イタリア国鉄の線路でイタリア国鉄が乗り降り自由の特別区間を運営している、と言う仕組みでした。特別区間の運営(シーズン開始)は、今月14日(土曜日)からということでしたので、今回の旅行のタイミングは、非常にラッキーでした。

 駅に隣接する村の観光案内所で、特別区間の時刻表をもらい、モンテロッソ駅からチンクエッテレ最後の村、リオマジョーレに向かいます。時刻表を見ると一時間に3本くらい列車は出ているようです。リオマッジョーレ駅は、断崖の狭間にありますので、村に行くには100mほどの地下道を通っていきます。

 トンネルを抜けると、目の前に視界がぱっと開き、青い空と青い海が目の前に広がります。更に進み、岬の先から街を振り返ると、カラフルな家並みが現れ、これぞチンクエッテレという風景です。その先は、岩礁となって、ジェノバ湾となります。岬の反対側は、各岩に杭が打ち込まれており、崩れそうな感じがしましたので、進むのはやめました。

 リオマッジョーレ村の中心通りを歩いていると、遠くにリオマッジョーレ城が見えます。駅のそばにあるエレベーターで崖の上に行き、城を目指します。眼下には、山に挟まれているリオマッジョーレ駅が見えます。急峻な斜面には、BS日テレの「イタリアの小さな村」に出てくるようなレモン畑があります。Googleで道を探すのですが、城への道はなかなか見つかりません。「愛の小道のトレッキング」に11時で予約していますので、行くのをあきらめ、戻ることにします。

 「愛の小道のトレッキング」とは、リオマッジョーレから隣村のマナローラへと続く海岸沿いの約1㎞の道です。昔この村の恋人がそこで愛を語ったことからそう呼ばれているそうですが、観光客が大勢押し寄せたことから、今は事前の予約が無いと通ることが出来ません。愛の小道の出発点に来たところ、一昨日の豪雨で、崖崩れが発生し、途中で引き返すことになるとのこと。了承したうえで進みます。崖に通された道は、落石防止の金網が至る所に張られ、危険なところはトンネルになっていたりで、確かに危険な気がします。全体の感じは、日本海の柱状節理の海岸沿いに進んでいるような感じがします。10分程歩くと、「地滑りのためクローズ」と書かれた地点に来ましたので、引き返します。

 お昼時となりましたので、ここリオマッジョーレで取ることにします。AIで「魚介のスパゲッティ」の食べられるところと検索したところ、ダウ・チラという店を勧めてきましたので、そこに向かいます。運の良いことに、今日は観光客が少ないため、見晴らしの良いレストランで見晴らしの良い席に座ることが出来ました。食事は、魚介のパスタとTrofiette(ジェノヴァ生まれの 、ねじねじ形のバジルペーストのショートパスタ) 、ワインは勧められたチンクエッテレを頂きます。青い空と青い海を見ながら、至福の時間を過ごしました。

 次はリオマッジョーレ駅から電車に乗り、観光客の一番多いヴェルナッツァに向かいます。車窓は、青く輝いた海が見えます。電車の掲示板には、日立のロゴが大きく掲げられています。イタリアの国鉄は大半が日立製のようです。ヴェルナッツァは、予想通りたくさんの観光客であふれています。

 ヴェルナッツァ駅から、メインストリートを通り、港を目指します。港の防波堤の突堤から街を望むと、海に突き出たジェノヴァロマネスクの教会St. Margaret of Antiochやカラフルな町並みが見えます。

 次は高台から街を見下ろしたいと思い、家と家との間の狭い坂道を通って、丘を登っていきます。丘の上からは、中世の雰囲気を残すヴェルナッツァの街が、絵はがきのように望むことができす。反対側を見ると、急峻な丘の段々畑や谷間のトンネルが見えます。

 最後は、朝、一番先に降りたモンテロッソに行きます。チンクエテッレで唯一広い砂浜のある村です。町の中心地は駅から遠くに見えるアウロラ要塞砦(現在は個人宅で見学不可)の奥にあります。駅と砦の間は、砂浜が続き、ハイシーズンはここにビーチパラソルが隙間無く並び、一大観光地となるようです。

 モンテロッソの中心地は、一般の住宅がメインのようで、観光客はあまりいません。店もハイシーズンで無いためか、大部分が閉っています。ジェラート屋があいていましたので、今回のイタリア旅行で初めて、ジェラートを買いました。帰りの列車は16時、そろそろなので駅に向かうことにします。

 今日の夕食は、昨日買ったフォッカチェリアの隣にあるパニフィッチョというフォッカチェリアで、フォッカチオを買ってみました。飲み物は、イタリアのビールを飲みたかったのですが、カルフールではハイネケンしか冷えたビールが置いていませんでしたので、泣く泣くそれを買いました。明日は、ジェノバを観光して、夕方ミラノに向かいます。

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ジェノバ

<四日目>

 今日はトリノ発ナポリ行きのバスに乗り、ジェノヴァで途中下車します。約2時間の行程です。ちなみにナポリまでは12時間!です。他の方のブログでは、トリノ・ジェノバ間の道は、かなりの山道で、カーブがきついとありましたので、酔い止めの薬を飲みました。しかし、実際は日本と同じように平坦な高速道路で、これは全くの杞憂でした。ジェノバのバス停到着後、地下鉄に乗り、ブリニョーレ駅で降りると、今日の宿泊先のスターホテルズジェノバが見えます。

 チェックイン後、街の中心地であるフェラーリ広場に向かいます。主立った観光名所はこの周辺にあります。観光案内所で24時間のシティパスを購入した後、観光案内所の目の前にある赤の宮殿を見学します。ここはもともとは貴族の館で、1874年に、この邸宅とコレクションが市に寄贈されています。館内は、絵画が多数展示されています。美術館ですね。

 ジェノバに着いて時間も立ち、お昼時ともなりましたので、そばのピッツェリアで昼食をとることとします。ピザと飲み物とエクスプレッソのセットです。ピザは香ばしく美味しかったのですが、何せボリュームが多く、半分しか食べられませんでした。

 天気予報では、明日は雨となっていますので、今日のうちに景色を見ておきたいと思います。ブログではジェノバで一番眺望の良い所というダルベルティス城に向かいます。そこは、ダルベルティスという船の船長が世界中で集めた品々を展示しており、現在は世界文化博物館となっています。地下道脇のバス停から10分程で到着します。城のベランダからの眺めは、確かに港町横浜や神戸のようです。天気も良いのでジェノバ湾まで見渡せます。

 次は城のある高台から下り、海岸に向かいます。マリーナのある旧港をしばらく歩くと、海洋博物館が見えてきます。ここでは15世紀末以降のジェノヴァ港の歴史や、過去から現在までの船の精巧な模型等が数多く展示されています。 1672年に作られたガレー船の実物大の復元模型もあり、内部に乗船できます。屋外には、実際の潜水艦も展示され、中に入って見学できます。博物館の屋上のテラスからは、先ほどまで居たダルベルティス城や山がちな斜面に建つ住宅が眺望できます。見るからに坂がきついので、住人の往来は大変だろうなと思います。

 博物館を見学した後、しばらく旧港を散策します。ジョニーディップの主演したパイレーツオブカリビアンで使われたという船やヨーロッパ最大級と言われるジェノヴァ水族館があります。港の反対側には首都高のような高速道路が見えますが、これがジェノバの街の景観を壊したと言われているそうですが、確かにそう感じます。東京の日本橋と同じように、地下化が必要ですね。帰り際カルフールで夕食を買い、今日は、ホテルの部屋でのんびりします。

<五日目>

 天気予報ではこれから雨が降るようです。ホテルから、フェラーリ広場に続くⅩⅩセッテンブレ通りを歩いて行きます。右側にオリエンターレ市場がありますので、覗いてみます。市場の中にはフードコートがあり、そこにはコイン式のワインの自動販売機がありました。越後湯沢の日本酒の自動販売機と同じですね。

 通りの左側には、城壁の上の住宅地に行くエレベーターがあります。有料ですが、シティーパスを持っていますので、乗って上に行ってみます。港町はどこも坂道が多いですが、ジェノヴァには、エレベーターやケーブルカーがたくさんあるようです。

 今日は復元されたコロンブスのすごした家を見学に来たのですが、開館時間は10時からで、若干時間があります。ソプラーナ門をくぐり、ジェズ教会とサン・ロレンツォ教会を見学します。中はいずれも荘厳ですが、ミサの最中でしたので、写真は撮りませんでした。後日、撮りたいと思います。サン・ロレンツォ教会の柱には、地元の人が犬に見える模様がある、と言うことなので、探してみました。場所がなかなかわかりませんでしたので、AIに場所を聞いて見つけることができました。

 コロンブスの家は、コロンブスが少年時代を過ごしたこの場所に、18世紀に再建されたそうです。2階建てのこぢんまりとした家で、室内に何かあるというものではないです。この家の隣には、1905年に解体されたセント・アンドリュー教会の回廊の柱が残っています。

 次は王宮を目指します。予報通り雨が強くなってきましたので、海岸沿いのポルティコ(アーケード)を進みます。港町ですので、通りには魚屋が何軒もありました。ここの王宮 ですが、本当の王宮ではなく、もともとは貴族の大邸宅です。サヴォイア家の住まいとなったため王宮と呼ばれているようです。トリノの王宮と比べようがありません。

 昼食時となりましたので、今日はネットで一番人気の「カブール21」でジェノベーゼにトライしたいと思います。開店は12時ですが15分前に行くと、我々が一番乗りでした。お昼頃になると50人ぐらいの人で店の前はごった返してきます。時間になると小柄なおばさんが出てきて、予約者の名前を大声で叫びます。15組程呼んだ後、来た順番に中に入れてくれます。ここでは本場ジェノベーゼと魚介のフライを頂きました。噂に違わずおいしい料理でした。日本人のブログで、毎日ここに来た、というのもありましたが、うなづけます。

 雨はますます強くなります。Villetta Di Negro公園(日本庭園)の頂きにあるという「キヨッソーネ東洋美術館」に向かいます。 Googleを見ても、場所は近いのですがなかなか見つかりません。何度かトライするうち、ようやく美術館にたどり着きました。美術館の中には、明治時代に、画家であるキヨッソーネが日本に滞在した時に集めたコレクションが、多数展示されています。異国で日本文化に触れると、本当に懐かしい気がします。

 フェラーリ広場に戻ってきました。ジェノバのオペラ座の見学をしようと思いましたが、今日はやっていないとのこと。残念!オペラ座の入り口の前には、この地で生まれたパガニーニの像がありました。

 雨なので、オペラ座の隣にあるドゥカーレ宮殿に入ってみます。ドゥカーレ宮とは「総督の宮殿」を意味します。現在は、この建築そのものの鑑賞以外に、議会、展覧会、講演会などが行われる多目的文化会場として使用されています。カフェやレストランや各種ショップも有ります。雨がますますひどくなってきましたので、今日はこれでホテルに戻ります。

<六日目>

 今日は、AIによるおすすめ観光ポイントの、ジェノバ灯台とその博物館に行ってみます。雨は若干ぱらついていますが、これから晴れてくるようです。歩いて向かおうと思っていましたが、途中の道は工事中で通行できないとのこと。博物館のバスで送迎しているようです。バスを降りると目の前に灯台が迫ってきます。灯台下にある博物館は、昨夜の雨で、床が水浸しになっています。

 ジェノバの灯台は1543年に建設され、世界で4番目に古い灯台です。76メートルの高さを誇るこの灯台は、40メートルの岩の上に立っており、それも入れた高さは世界で2番目になるようです。そのため、数キロ離れたところからでも見ることができる重要なランドマークとなっています。実際に上ることが出来るのは、途中の展望台までですが、それでもビルの4階になります。展望台からは、ジェノバ湾が見渡せますが、海岸沿いにコンテナが多数置かれており、ここがイタリアの重要な物流基地であるというのが実感できます。

 48時間のシティーパスの時間が迫っていますので、ジェノバの観光パンフレットに出ている展望台に行きたいと思います。途中、何げなくサンティッシマ アヌンツィアータ教会に入ってみました。天井画も、太くて立派な柱も本当に見事でした。外に出ると、入口の脇にティモシー・シュマルツ作の「When I Was Hungry and Thirsty」のブロンズ像があります。イエスが地面に座り、穴の開いた手を差し出して、食べ物と水を乞う姿は、はっとさせる程迫力があります。

 途中のパン屋のショーウィンドーを覗くと、羊の形をしたアニェッロ・バスクアーレというマジパンが並べられています。どこのパン屋さんにもありましたが、復活祭の頃に食べられる伝統的な食べ物のようです。(今にして思えば、食べてみたかった!)さて、展望台へはエレベーターがあるはずですが、どこを探しても見つかりません。やむなく急な階段を15分ほど登って行きます。展望は確かに素晴らしかったのですが、これまで何回も見ていますので、それほど感動ありません。た展望台の脇に、20~30人乗れるエレベーターがあります。それに乗って下に降りると、展望台の入り口は何とトンネルの中。これでは見つかるはずもありません。

 ついでに近くから出ているケーブルカーにも乗ってみることにします。上の終点まで行っても、特段に景色が見えませんでしたので、すぐに引き返してきました。

 お昼時となりました。今日は日曜日なので、レストランなどは休みのところが多いので、ホテル近くのオリエンターレ市場のフードコートに行きます。システムは日本と同じで、注文後、出来上がったときに手元のブザーが鳴る仕組みです。ベアーアンドグリルというハンバーガー屋でトリュフの入ったハンバーグを注文しました。ハンバーガーは見た目以上に大きく、かなりお腹がいっぱいになりました。食後は、ホテルに戻ります。

 空も晴れてきましたので、ジェノバ湾を見に行くことにします。ホテルの前の道をまっすぐ海側に進むと、15分ほどで到着しました。明日は、チンクエッテレに行きますので、この天気が続くことを祈ります。ホテルに帰る途中フォッカチェリアによって、今日の夕食のフォッカチェリを買って帰りました。

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海外旅行

トリノ

<一日目>

 今回は12日間の予定で、トリノ→ジェノバ→ミラノと北イタリアを巡りたいと思います。羽田を8時半に出て、ミラノのマルペンサ空港には18時半(日本時間の翌日2時半)着き、空港からはバスでトリノに向かいます。バス停の掲示板に予約したバスの表示がなかったので、本当にバスが来るのかとても心配になりましたが、ほどなく定刻にバス乗ることができました。トリノのバス停からトラム9号線に乗り、ポルタ・ヌオーヴァ駅前で降りると、そこからは今日の宿泊先のスターホテルズが見え、ようやくひと安心です。時刻は22時(日本時間翌日6時)で、家を5時頃出ていますので、丸1日の行程でした。

<二日目>

 今日の朝は、ポルタ・ヌオーヴァ駅に行って、予約した切符の変更ができないか、チャレンジしてみます。写真にあるように(はっきり見えませんが)入力は3月18日なのですが、発行された切符は3月19日になっています。日本で購入する場合、イタリア国鉄のシステムでよく起こるエラーらしいです。ホテルから外に出ると、若干、霧がかかっています。駅の窓口に行ってシステムのエラーだから交換して欲しい旨強く主張しましたが、変更できない切符だからできないの一点張りで、交換には応じてもらえませんでした。残念ながら€37の損害です。 

 トリノ観光の前に、駅前の観光案内所でシティパスを買おうと思いましたが、そこでは販売してないとのこと。王宮前のカステッロ広場に有る観光案内所で販売しているということなので、そこからローマ通りを歩いて観光案内所に向かいます。

 シティパスを購入しましたが、今日は王宮は休館ということなので、エジプト博物館に向かいます。トリノの観光地は中心部に固まっていますので、基本的にどこも歩いて行けます。ここのエジプト博物館はサヴォイア家の古代エジプトコレクションを元に創立されたもので、ヨーロッパで最も優れたエジプトコレクションとして有名です。棺や埋葬物など数多く展示されています。エジプトから持ってこれるものを根こそぎ持ってきているような感じがして、この行為は許されるのか、という感じもします。

 次は、奇妙な形をした塔のあるモーレ・アントネッリアーナに行きます。高さが揃っているトリノの町並みの中で、167.5mのこの塔は非常に目立ちます。塔の上の展望台へはパノラマエレベーターで登るのですが、四方はガラス張りで、下もよく見えるので、非常に怖い感じがします。展望台からは、トリノの平べったい街並みが見え、遠くにはアルプスも見えます。

 同じ建物の中に、国立映画博物館がありますので、そこも見学します。映画の歴史や撮影技術、映画のポスターや使われていた物品などを見ながら散歩できるようになっています。マリリンモンローの靴や衣装も展示されていました。

 昼食は近くのラヴィオリハウスでラビオリとワインをいただきました。この店は、トリノ生まれで、チェーン展開しているようです。下の写真は、トリノの店を撮り忘れたので、ジェノバの店を載せています。

 昼食後はバスに乗り、リンゴット地区に向かいます。はじめは、フィアット創業者らの手によって作られた自動車博物館を見学します。展示は、クラシックカーやスーパーカー、車体の構造やこの地区の生産体制の歴史などイタリア語がわからなくても理解でき、楽しめる博物館となっています。特にクラシックカーについては、触ることについて制限もないので、実際に座席に座ることもできました。

 次は、フィアットの旧リンゴット工場を再開発したショッピングセンターリンゴットに行ってみます。この工場は、1923年5月竣工した地上5階建・全長500mの工場で、1フロアでの工程が終わるごとに上階に移動させ、最後に総延長約1キロメートルの屋上テストコースで走行試験を行ったあとスロープで搬出するという、世界的にもユニークな自動車工場でした。ここは1982年に操業終了し、現在、その屋上は、「ラ・ピスタ・チンクエチェント(500コース)」となって、有料で開放されています。夕方になりましたので、今日のトリノ観光はここで終了とします。

<三日目>

 今日の観光は、王宮からスタートしますが、そこに行く前に、王宮の西側にある「ポルタ・パラッツォ」と呼ばれる市場をのぞいてみます。ここはヨーロッパ最大の青空市場といわれ、メインの野菜、果物、肉や魚などの生鮮食品に加え、洋服やバッグなどの衣料品、生活に欠かせない日用雑貨まで700程度の屋台が並んでいます。市場と王宮の間には、ローマ時代の遺跡であるパラティーナ門があり、その前にはシーザーの像が立っています。

 いよいよ王宮に入ります。ここはサヴォイア王家の公式宮殿として、1865年まで使用されていました。玄関広間から階上に向かう「はさみの階段」は、天井画と一体になったバロック空間が広がっています。大広間を中心として、王宮武器庫や聖骸布の礼拝堂、サバウダ美術館を順に巡ります。じっくり見学すると、時間がいくらあっても足りません。

 王宮のあとは、高さ約18メートルの広々とした空間のGalleria Subalpinaに行き、その左側にあるトリノで最も有名な喫茶店「バラッティ&ミラノ」に入ってみます。大きな窓からは、ガレリアがよく見えます。カプチーノとビチェリン(トリノ名物、ホット・チョコレート+エスプレッソ+生クリームの3層の混合飲料)、カンノロ・ザバイオーネ(イタリアのペストリー)を頂きました。

 喫茶店を出て、カリニャーノ宮殿にあるイタリア統一博物館を見学します。ここには、フランス革命からナポレオン時代、ウィーン体制から第一次世界大戦に至るまでのイタリア史を語る資料や、遺品、武器、芸術作品などが展示されています。イタリア統一後、首都はトリノ(1861年)、フィレンツェ(1865年)、ローマ(1871年)と変遷していますが、首都であった期間の国会はここにありました。

 見学の最後は、アーマダ宮殿にある市立古典美術館です。もともと古代ローマの砦であったものを改造していますので、西側と東側では趣が全く異なります。ここの美術館の塔の上には登ることができ、王宮前の広場やトリノの市街がよく見えます。運の良いことに、この日はフェルメールの「青衣の女」が、アムステルダム国立美術館から来ており、じっくり鑑賞出来ました。

 主立った観光地はだいたい行きましたので、中心部からバスで、郊外のCONADというスーパーマーケットに行ってみます。日本のイオンやヨーカドーみたいなスーパーのようです。そこでお土産用や自宅用の食料品を買ってみました。

 トリノの最後の夕食は、「地球の歩き方」に出ている「イル・ヴィーコロ」に行ってみます。時間がありましたので、その前に、ポー川に行ってみます。夜のポー川は、昼に比べかなり美しく見えますね。店では、リゾット2種類、カツレツ、野菜サラダを頼みましたが、リゾット二皿は我々には多いので一皿で十分といわれ、更に取分け皿も出してくれました。この対応はヨーロッパでは初めての体験ですが、地球の歩き方に出ていることもあり、この店には日本人がよく来るのでしょうか。

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国内旅行

法隆寺、中宮寺、法輪寺、法起寺

<三日目>

 最終日の今日は、法隆寺を中心に、斑鳩エリアをまわりたいと思います。JR大和路線の法隆寺駅で降り、駅前のコーヒーショップ「ゲーブル」で、さっそく自転車を借ります。10分ほどで法隆寺参道に到着しますので、南大門の脇に駐輪します。南大門の下をくぐると、正面には中門、その奥に五重塔や金堂を中心とする西院伽藍が見え、です。

 中門左にある入口から、西院伽藍に入ります。西院伽藍にある建物は、飛鳥、奈良、平安時代に建てられたもので、すべて国宝です。金堂は、法隆寺で最初に建立された建物です。屋根を支える支柱には、登り龍や下り龍が取り付けられていますが、これは江戸時代の大修理の際に付けられたものです。五重塔は日本最古の五重塔で、舎利を安置するための建物です。最下層の屋根と裳階(もこし)の間には、歯を食い縛って建物を支えている邪気が置かれています。僧侶が仏道を学び法要を行う施設である大講堂は、一度は落雷で焼失していますが、再建、と言っても平安時代の990年にされたものです。西院伽藍を囲む回廊自体も、国宝です。

 西院伽藍を出て、その西側にある西円堂(さいえんどう)に向かいます。途中には国宝の三経院・西室(僧が生活をするための僧坊)があります。西円堂は、夢殿と同じ八角円堂形式で、中には国宝の薬師如来像が収められています。また西円堂は、境内の小高い所にあるため、そこからは西院伽藍が一望出来ます。西円堂の脇に、時の鐘として使われている鐘楼があります。訪れた時、丁度、鐘が突かれていました。この音を聞いて、正岡子規はあの有名な俳句を考えたのでしょうか。

 次は、国宝の聖霊院・東室(西室と同じく僧坊)を過ぎ、西院伽藍の東側にある大宝蔵院に向かいます。ここには、百済観音像が安置されている百済観音堂を中心に、東西に宝蔵が置かれ、法隆寺に伝来する数々の名宝が展示・保管されています。大宝蔵院を見学した後、西院と東院の境に建っている東大門(中ノ門)をくぐり、東院伽藍に入り、夢殿に向かいます。

 東院四脚門は東院の東側の出入口です。そこを出て、東院廻廊をくぐると、正面に夢殿が現われ、甍の上には見事な宝珠が輝いています。ここは聖徳太子の斑鳩の宮の跡で、太子信仰の聖地です。東院廻廊のそばには、袴腰(はかまごし)と呼ばれる形式の東院鐘楼があります。

 法隆寺の隣には、中宮寺があります。ここは、聖徳太子の母、穴穂部間人(あなほべのはしひと)皇后の祈願で創建された寺で、日本最古の尼寺です。1968年に建てられた本堂には、アルカイックスマイルと呼ばれる穏やかな笑顔をたたえた国宝の菩薩半跏思惟像が本尊として安置されており、間近で見ることが出来ます。

 ここからは法隆寺地区を離れ、斑鳩を自転車で巡ります。最初は、斑鳩神社です。ここは平安時代に法隆寺別当が、自身が菅原氏の子孫であるとして菅原道真を祀ったといわれて、境内には牛の像が鎮座しています。旧法隆寺村の産土神として信仰されているようです。

 次は法輪寺です。ここの創建は飛鳥時代に遡り、聖徳太子の長子である山背大兄王が、聖徳太子の病気平癒を願って建立したと伝えられています。かつて国宝であった三重塔は落雷で消失しましたが、1975年に創建当初の様式で再健されています。講堂は本来は僧が勉強するための建物ですが、1960年に耐火・耐震の収蔵庫として改築されています。その講堂で、保管、保存されている仏像を見学します。

 斑鳩エリアは、お寺が点在していますので、観光用にサイクルロードは整備されています。今の季節、2月は若干寒いのですが、サイクリングには最適のような気がします。法起寺には、5分程で到着です。この寺も法輪寺と同じように聖徳太子の子である山背大兄王が創建しています。ここの三重塔は706年頃の当初の姿を残しており、日本最古のもので、当然国宝指定されています。

 昼食時となりました。サイクリングロードを、法隆寺と反対の方向に進み、「大和路うどんわらじや」に入ります。にぎり盛り定食とさば押し寿司定食を頂きました。

 昼食後、まだ時間がありましたので、法隆寺とは反対側、龍田川に向かいます。途中、藤ノ木古墳、藤ノ木古墳に関する展示が見られる斑鳩文化財センターに立ち寄ります。藤ノ木古墳は6世紀後半に作られた50mの円墳です。未盗掘の石棺からは、二体の被葬者と世界でも類を見ない豪華な馬具や副葬品が出土しています。それらはセンター内で展示されています。センターの外には、朱色に塗られた藤ノ木古墳石棺の実物大レプリカがありました。

 百人一首、在原業平の歌った「ちはやぶる」の龍田川が、近くを流れていますので、せっかくですので行ってみます。途中に、龍田神社があります。この神社は、社伝では、聖徳太子が法隆寺を建立した際、その鎮守社として龍田大明神を祀る神社を創建したというのが始まりのようです。文化財センターから、15分程で竜田川の川べりに到着しました。紅葉の名所らしいのですが、川は両岸とも改修されていて、想像していたイメージとはかなり違っていました。時間も大分押してきましたので、奈良駅に戻りたいと思います。

 奈良の最後に、葛といえば吉野葛。天極堂のJR奈良駅前店で、プルンとした本葛の弾力と透明感がある作りたてでしか味わえない葛もちを頂きました。本店は混んでいるようですが、ここはそうでもありません。今回の旅行はここで終了です。