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ミラノ

<十日目>

 いよいよ今日は最終日です。有名どころの観光地はすでに大概見ていますので、今日は、買物とミラノ散策に当てたいと思います。はじめに地下鉄2号線でガリバルディ駅に行きます。駅の周辺は、ポルタ・ヌォーバとして開発されたビジネス街で、遠くには、建物の周囲一面に木が植えられている「垂直の森」が見えます。ここで、地元の有名スーパーEsselingaに行き、イタリアの食材を買いたいと思います。売り場で、私の目を引いたのは、イタリアのワインコーナーで、ワインが地域ごとに並べられています。もっとイタリアに居られたら、これを順番に飲めたのにな、と思いました。

 次は、デパートのリナシェンテに行くため、ドゥオーモに向かいます。ドゥオーモ脇のガッレリアに入り、地面の雄牛のモザイク画の急所部分に靴のかかとを入れ、ぐるぐる回る光景を見ます。こうすると願いが叶うとされていて、前回来た際、私もしてみました。ガッレリアを出て、ドゥオーモの奥側のリナシェンテに入ります。

 買い物をしていると、お昼時となりました。今回の旅行では、パスタやリゾットなど炭水化物系が多かったので、最後は肉でガツンと行きたいと思います。例によってAIに肉が手軽に食べられるところを聞いたところ「Da Mario Steak House」を紹介されたので、行ってみます。確かにこの店はお手軽な店らしく、昼食時のサラリーマンや工事関係者など、地元の人が大勢入店してきます。アルゼンチン産アンガスビーフのスライス300g以上とチーズハンバーガーをお願いしました。肉はボリュームが多く、全部食べきれないほどでした。

 食後も、買い物を続けます。次はイタリアで750年の歴史をもつ老舗製紙会社ファブリアーノへ向います。美しい色彩と、とにかく書きやすい厚手の紙が魅力のメーカーで、日本ではなかなか無い深いグレーの表紙のノートを買いました。ミラノ中央駅に戻り、dmというドイツのドラッグストアで、イタリアでも人気でオリジナル商品がネット上で評判がよいので、いくつかボディケア商品を買ってみました。また、KIKOという、ミラノ発祥のイタリアで人気のコスメショップがあり、日本にはまだ入ってきていないので、覗いてみました。

 ミラノの最後は、ナヴィリオ地区のナヴィリオ・グランデ沿いのエリアで、アペリティーボを楽しみたいと思います。ミラノ中央駅から、地下鉄緑線(linea2)でポルタジェノバ駅で下車し、徒歩で約5分で、ミラノでは珍しくなった運河が現れます。運河沿いに、既に大勢の人々が行き来していますが、運河に架かるアルダ・メリーニ橋には愛の南京錠がぎっしりかけられ、下の部分にはステッカーが隙間無く張られています。橋のたもとには、南京錠売りが居ます。

 アペリティーボは「食前酒」という意味ですが、ここミラノ(イタリア全土かも?)でアペリティーボと言えば、ドリンク一杯とブッフェ形式の食事が食べ放題というシステムです。調子の良い呼び子に声を掛けられた事もあり、運河沿いの「La contea navigli」に入ります。アペリティーボのお酒は、イタリアの定番スプリッツをお願いしました。食事はフリーなので、ここで夕食もとることとし、ワインも追加し、暮れなずむ空を見ながら、ミラノの最後の夜を過ごしました。

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ヴェローナ

<九日目>

 今日は、小雨がぱらつくあいにくの天気ですが、本格的な雨にはならないようです。列車はミラノ中央駅を7時45分に出発し、ヴェローナ駅には9時に到着しました。駅前からバスに乗り、街の中心部にあるアレーナでおります。アレーナは、オリンピック開催に合わせ、改修工事ということで、残念ながら見学はできません。その周りは、ベラ広場ですが、まだ朝が早いので、観光客は少ないです。ブランドショップが立ち並ぶジュゼッペ・マッジーニ通りを抜け、ロミオとジュリエッタのヒロイン、ジュリエッタの家に向かいます。

 通りを左にまがり、50mほど進むと左側にジュリエッタの家という看板がありますので、そこから中に入ります。入るとすぐに、これまでテレビ等で何回も見たジュリエッタの家の風景が飛び込んできます。バルコニーには、人影が有りますが、家への入場は予約が必要で、今日は予約していません。外から見るだけです。ジュリエッタの像の前には、大勢写真を撮る人がいます。

 そこから100m位のところにロミオの家がありますが、観光客は誰もいませんでした。この近くには、せむし男で有名な、ヴェローナで最も大きいサンタ・アナスタージア教会が有りますので、行ってみます。入口から入ると直ぐに、左右の柱の聖水盤の下にせむし男がいます。これらには「キリスト教的な人間の苦痛を表現している」とか「教会に入る前に身をかがめて謙虚になれ」とか、色々な考え方があります。この教会のパンフレットには、せむし男に触れると、幸運がやってくる、と書かれてあります。主祭壇の左側には、14世紀中頃に制作された彫刻と絵画を組み合わせたコルテシア セレゴの記念碑というレリーフのような作品があります。中央で鎧を着て馬に乗っているのがコルテシアです。

 市や飲食店が多くあるエルベ広場に立つ、ランベルティの塔に登ることにします。この塔にはエレベーターが有りますので、さくっと上に登れます。塔の上からは、ヴェローナ全体が見渡せます。先ほど見てきたサンタ・アナスタージア教会や、アディジェ川の向こうの小高い丘には、これから行くサン・ピエトロ城跡も見えます。

 街の中心から、アディジェ川に架かる橋を渡り、サン・ピエトロ城跡を目指し、丘の坂道をひたすら10分程上ります。途中、林の陰からは、ヴェローナの美しい光景が、時々見えてきます。サン・ピエトロ城跡に到着し、下を見ると、期待にたがわぬ美しい光景が見えます。ところが、城跡の先を見ると、なんとケーブルカーの駅があります!ケーブルカーがあるとは知りませんでした。ですが、帰りも坂道を歩いて戻ります。

 昼食時となりました。例によって、「評判の良い店」ということでAIに聞きました。その中から、ヴェローナのワインを使って煮込むリゾットアマローネと、トウモロコシの粉で作るポレンタが食べられそうな「La Vecia Mescola」に入ることにしました。一番乗りでしたので、客はまだいません。店内は、雰囲気の良い店です。リゾットアマローネは2人前からとのことなので、2人前を頂き、ポレンタが添えられている子牛のレバーの煮込みもお願いしました。プラス、ワインと炭酸水。アマローネリゾットは見た目もそうですが、私には小豆で煮たような「おかゆの味」がしました。子牛のレバーは想像通りの味でしたが、ポレンタは、見た目では甘く見えますが、全く味がしないのにビックリしました。ヴェローナでは、良い食事の体験ができました。

 最後は、ジュリエッタの墓があるというフレスコ画博物館を見学します。物語の主人公に、お墓があるというのもなんか変な気がしますが。フレスコ画博物館に入ると、地下に降りていく階段があります。その階段を下りた先に、ジュリエットの墓がありました。元々は何だったんでしょう?

 列車の時間も近づいてきましたので、歩いてヴェローナ駅に向かいます。街は「城壁」で囲まれています。ヴェローナは古来から交通の要衝で、外敵からの脅威に常にさらされているので、こうなったようです。来たときと逆に、ジュゼッペ・マッジーニ通り、ベラ広場と通ります。通りの菓子屋に、トルタ・ルッサが売られています。「ロシアのケーキ」という意味で、大きく、背が高くふわふわ、ナッツのような香りが漂うケーキのようです。これも買えば良かったです。ヴェローナからは、16時の列車に乗り、17時15分にミラノ中央駅に戻りました。

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ジェノバ その2

<八日目>

 今日はジェノバ観光の最終日です。部屋の窓から外を見ると、天気は晴天です。16時発のミラノ行きの列車に乗りますので、それまでの間、見逃した所を見ていきたいと思います。はじめは、ジェノヴァ名物のケーブルカー、一昨日も乗りましたが、ZECCA駅からRIGHI駅の区間に乗ります。約10分の区間です。下のZECCA駅では、上のRIGHI駅での展望を大々的に宣伝していますが、展望台からは木立に邪魔され、他の展望台に比べると、今一つです。

 次は、観光案内所近くにある、赤の宮殿、白の宮殿、ドーリア・トルシー宮を見学します。初日の観光では、赤の宮殿のみ見学しましたが、本来はこの三箇所は共通券でした。翌日気づきましたが、後の祭りです。今日は、三箇所きっちり見たいと思います。初めは、白の宮殿です。白の宮殿というだけあって、建物内部は白色がメインです。赤の宮殿と同じように、各部屋には絵画が展示され、それを順に観ていくことになります。屋上の中庭からは、道を隔てて、赤の宮殿が見えます。ここの1階は、ドーリア・トルシー宮に繋がっていますので、そのまま進みます。

 ドーリア・トルシー宮はジェノヴァ市が所有する絵画、彫刻、陶器等ののコレクションが展示されています。ジェノバ出身のバイオリニスト、パガニーニの部屋がありそこには、彼が愛用していたバイオリンやパガニーニが書いた楽譜が展示されています。。

 次は通りを隔てた赤の宮殿に、入ります。2回目ですので、見たかった絵を見ていきます。

 最後は、白と黒の大理石の縞々模様が美しい、サンロレンツォ教会を見学します。身廊の天井はとても高く、その下の列柱も、白と黒の縞々模様になっています。右手の壁には、ルーベンスの宗教画が、掲げられています。右側の塔は、高さ60メ-トルで、有料で階段を上って行くことが出来ます。塔の上からは、ジェノヴァの街を見渡すことが出来ます。

 昼食時となりました。ジェノヴァでの最後の昼食は、街の名前そのもののジェノヴェーゼに行きます。地元では評判がいいようです。例によって炭酸水とワインをお願いします。この店ではパンと一緒に、バターでは無くペストが付いてきました。食事は、TUCCUのラビオリ(中の詰め物は野菜ベース+濃厚な肉の煮込みソース、ジェノバの伝統料理)とぺストのニョッキをお願いしました。噂に違わず、非常に美味しい味です。食事後は預けた荷物を取りにホテルに戻ります。エスプレッソを飲みながら、列車の時間を待ちました。

 ジェノバを16時に出発し、ミラノには夕方18時頃の到着です。今日の宿泊先は、ミラノヒルトンで、ミラノ中央駅から歩いて数分の所にあります。ミラノはこれで3回目ですが、今日の夕食は、前回行ったことのある「Miscusi」でさくっと食べたいと思います。カルボナーラとペペロンチーノのラビオリ(また!)、ワインと炭酸水をお願いしました。明日は、ロミオとジュリエットで有名な、ヴェローナに行く予定です。

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チンクエッテレ

<七日目>

 ブリニョールを7時56分出発し、チンクエッテレの最初の駅であるモンテロッソには9時5分に着きます。途中、車窓からはジェノバ湾の青々とした海が見え、これからの期待をそそらせます。モンテロッソ到着後、下車してみます。モンテロッソ駅の上には、眺めのいいカフェテリアあります。ここに来るまでは、チンクエッテレ(イタリア語で5の村)には特別の観光列車が走っている、と思っていましたが、実際には、イタリア国鉄の線路でイタリア国鉄が乗り降り自由の特別区間を運営している、と言う仕組みでした。特別区間の運営(シーズン開始)は、今月14日(土曜日)からということでしたので、今回の旅行のタイミングは、非常にラッキーでした。

 駅に隣接する村の観光案内所で、特別区間の時刻表をもらい、モンテロッソ駅からチンクエッテレ最後の村、リオマジョーレに向かいます。時刻表を見ると一時間に3本くらい列車は出ているようです。リオマッジョーレ駅は、断崖の狭間にありますので、村に行くには100mほどの地下道を通っていきます。

 トンネルを抜けると、目の前に視界がぱっと開き、青い空と青い海が目の前に広がります。更に進み、岬の先から街を振り返ると、カラフルな家並みが現れ、これぞチンクエッテレという風景です。その先は、岩礁となって、ジェノバ湾となります。岬の反対側は、各岩に杭が打ち込まれており、崩れそうな感じがしましたので、進むのはやめました。

 リオマッジョーレ村の中心通りを歩いていると、遠くにリオマッジョーレ城が見えます。駅のそばにあるエレベーターで崖の上に行き、城を目指します。眼下には、山に挟まれているリオマッジョーレ駅が見えます。急峻な斜面には、BS日テレの「イタリアの小さな村」に出てくるようなレモン畑があります。Googleで道を探すのですが、城への道はなかなか見つかりません。「愛の小道のトレッキング」に11時で予約していますので、行くのをあきらめ、戻ることにします。

 「愛の小道のトレッキング」とは、リオマッジョーレから隣村のマナローラへと続く海岸沿いの約1㎞の道です。昔この村の恋人がそこで愛を語ったことからそう呼ばれているそうですが、観光客が大勢押し寄せたことから、今は事前の予約が無いと通ることが出来ません。愛の小道の出発点に来たところ、一昨日の豪雨で、崖崩れが発生し、途中で引き返すことになるとのこと。了承したうえで進みます。崖に通された道は、落石防止の金網が至る所に張られ、危険なところはトンネルになっていたりで、確かに危険な気がします。全体の感じは、日本海の柱状節理の海岸沿いに進んでいるような感じがします。10分程歩くと、「地滑りのためクローズ」と書かれた地点に来ましたので、引き返します。

 お昼時となりましたので、ここリオマッジョーレで取ることにします。AIで「魚介のスパゲッティ」の食べられるところと検索したところ、ダウ・チラという店を勧めてきましたので、そこに向かいます。運の良いことに、今日は観光客が少ないため、見晴らしの良いレストランで見晴らしの良い席に座ることが出来ました。食事は、魚介のパスタとTrofiette(ジェノヴァ生まれの 、ねじねじ形のバジルペーストのショートパスタ) 、ワインは勧められたチンクエッテレを頂きます。青い空と青い海を見ながら、至福の時間を過ごしました。

 次はリオマッジョーレ駅から電車に乗り、観光客の一番多いヴェルナッツァに向かいます。車窓は、青く輝いた海が見えます。電車の掲示板には、日立のロゴが大きく掲げられています。イタリアの国鉄は大半が日立製のようです。ヴェルナッツァは、予想通りたくさんの観光客であふれています。

 ヴェルナッツァ駅から、メインストリートを通り、港を目指します。港の防波堤の突堤から街を望むと、海に突き出たジェノヴァロマネスクの教会St. Margaret of Antiochやカラフルな町並みが見えます。

 次は高台から街を見下ろしたいと思い、家と家との間の狭い坂道を通って、丘を登っていきます。丘の上からは、中世の雰囲気を残すヴェルナッツァの街が、絵はがきのように望むことができす。反対側を見ると、急峻な丘の段々畑や谷間のトンネルが見えます。

 最後は、朝、一番先に降りたモンテロッソに行きます。チンクエテッレで唯一広い砂浜のある村です。町の中心地は駅から遠くに見えるアウロラ要塞砦(現在は個人宅で見学不可)の奥にあります。駅と砦の間は、砂浜が続き、ハイシーズンはここにビーチパラソルが隙間無く並び、一大観光地となるようです。

 モンテロッソの中心地は、一般の住宅がメインのようで、観光客はあまりいません。店もハイシーズンで無いためか、大部分が閉っています。ジェラート屋があいていましたので、今回のイタリア旅行で初めて、ジェラートを買いました。帰りの列車は16時、そろそろなので駅に向かうことにします。

 今日の夕食は、昨日買ったフォッカチェリアの隣にあるパニフィッチョというフォッカチェリアで、フォッカチオを買ってみました。飲み物は、イタリアのビールを飲みたかったのですが、カルフールではハイネケンしか冷えたビールが置いていませんでしたので、泣く泣くそれを買いました。明日は、ジェノバを観光して、夕方ミラノに向かいます。

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ジェノバ

<四日目>

 今日はトリノ発ナポリ行きのバスに乗り、ジェノヴァで途中下車します。約2時間の行程です。ちなみにナポリまでは12時間!です。他の方のブログでは、トリノ・ジェノバ間の道は、かなりの山道で、カーブがきついとありましたので、酔い止めの薬を飲みました。しかし、実際は日本と同じように平坦な高速道路で、これは全くの杞憂でした。ジェノバのバス停到着後、地下鉄に乗り、ブリニョーレ駅で降りると、今日の宿泊先のスターホテルズジェノバが見えます。

 チェックイン後、街の中心地であるフェラーリ広場に向かいます。主立った観光名所はこの周辺にあります。観光案内所で24時間のシティパスを購入した後、観光案内所の目の前にある赤の宮殿を見学します。ここはもともとは貴族の館で、1874年に、この邸宅とコレクションが市に寄贈されています。館内は、絵画が多数展示されています。美術館ですね。

 ジェノバに着いて時間も立ち、お昼時ともなりましたので、そばのピッツェリアで昼食をとることとします。ピザと飲み物とエクスプレッソのセットです。ピザは香ばしく美味しかったのですが、何せボリュームが多く、半分しか食べられませんでした。

 天気予報では、明日は雨となっていますので、今日のうちに景色を見ておきたいと思います。ブログではジェノバで一番眺望の良い所というダルベルティス城に向かいます。そこは、ダルベルティスという船の船長が世界中で集めた品々を展示しており、現在は世界文化博物館となっています。地下道脇のバス停から10分程で到着します。城のベランダからの眺めは、確かに港町横浜や神戸のようです。天気も良いのでジェノバ湾まで見渡せます。

 次は城のある高台から下り、海岸に向かいます。マリーナのある旧港をしばらく歩くと、海洋博物館が見えてきます。ここでは15世紀末以降のジェノヴァ港の歴史や、過去から現在までの船の精巧な模型等が数多く展示されています。 1672年に作られたガレー船の実物大の復元模型もあり、内部に乗船できます。屋外には、実際の潜水艦も展示され、中に入って見学できます。博物館の屋上のテラスからは、先ほどまで居たダルベルティス城や山がちな斜面に建つ住宅が眺望できます。見るからに坂がきついので、住人の往来は大変だろうなと思います。

 博物館を見学した後、しばらく旧港を散策します。ジョニーディップの主演したパイレーツオブカリビアンで使われたという船やヨーロッパ最大級と言われるジェノヴァ水族館があります。港の反対側には首都高のような高速道路が見えますが、これがジェノバの街の景観を壊したと言われているそうですが、確かにそう感じます。東京の日本橋と同じように、地下化が必要ですね。帰り際カルフールで夕食を買い、今日は、ホテルの部屋でのんびりします。

<五日目>

 天気予報ではこれから雨が降るようです。ホテルから、フェラーリ広場に続くⅩⅩセッテンブレ通りを歩いて行きます。右側にオリエンターレ市場がありますので、覗いてみます。市場の中にはフードコートがあり、そこにはコイン式のワインの自動販売機がありました。越後湯沢の日本酒の自動販売機と同じですね。

 通りの左側には、城壁の上の住宅地に行くエレベーターがあります。有料ですが、シティーパスを持っていますので、乗って上に行ってみます。港町はどこも坂道が多いですが、ジェノヴァには、エレベーターやケーブルカーがたくさんあるようです。

 今日は復元されたコロンブスのすごした家を見学に来たのですが、開館時間は10時からで、若干時間があります。ソプラーナ門をくぐり、ジェズ教会とサン・ロレンツォ教会を見学します。中はいずれも荘厳ですが、ミサの最中でしたので、写真は撮りませんでした。後日、撮りたいと思います。サン・ロレンツォ教会の柱には、地元の人が犬に見える模様がある、と言うことなので、探してみました。場所がなかなかわかりませんでしたので、AIに場所を聞いて見つけることができました。

 コロンブスの家は、コロンブスが少年時代を過ごしたこの場所に、18世紀に再建されたそうです。2階建てのこぢんまりとした家で、室内に何かあるというものではないです。この家の隣には、1905年に解体されたセント・アンドリュー教会の回廊の柱が残っています。

 次は王宮を目指します。予報通り雨が強くなってきましたので、海岸沿いのポルティコ(アーケード)を進みます。港町ですので、通りには魚屋が何軒もありました。ここの王宮 ですが、本当の王宮ではなく、もともとは貴族の大邸宅です。サヴォイア家の住まいとなったため王宮と呼ばれているようです。トリノの王宮と比べようがありません。

 昼食時となりましたので、今日はネットで一番人気の「カブール21」でジェノベーゼにトライしたいと思います。開店は12時ですが15分前に行くと、我々が一番乗りでした。お昼頃になると50人ぐらいの人で店の前はごった返してきます。時間になると小柄なおばさんが出てきて、予約者の名前を大声で叫びます。15組程呼んだ後、来た順番に中に入れてくれます。ここでは本場ジェノベーゼと魚介のフライを頂きました。噂に違わずおいしい料理でした。日本人のブログで、毎日ここに来た、というのもありましたが、うなづけます。

 雨はますます強くなります。Villetta Di Negro公園(日本庭園)の頂きにあるという「キヨッソーネ東洋美術館」に向かいます。 Googleを見ても、場所は近いのですがなかなか見つかりません。何度かトライするうち、ようやく美術館にたどり着きました。美術館の中には、明治時代に、画家であるキヨッソーネが日本に滞在した時に集めたコレクションが、多数展示されています。異国で日本文化に触れると、本当に懐かしい気がします。

 フェラーリ広場に戻ってきました。ジェノバのオペラ座の見学をしようと思いましたが、今日はやっていないとのこと。残念!オペラ座の入り口の前には、この地で生まれたパガニーニの像がありました。

 雨なので、オペラ座の隣にあるドゥカーレ宮殿に入ってみます。ドゥカーレ宮とは「総督の宮殿」を意味します。現在は、この建築そのものの鑑賞以外に、議会、展覧会、講演会などが行われる多目的文化会場として使用されています。カフェやレストランや各種ショップも有ります。雨がますますひどくなってきましたので、今日はこれでホテルに戻ります。

<六日目>

 今日は、AIによるおすすめ観光ポイントの、ジェノバ灯台とその博物館に行ってみます。雨は若干ぱらついていますが、これから晴れてくるようです。歩いて向かおうと思っていましたが、途中の道は工事中で通行できないとのこと。博物館のバスで送迎しているようです。バスを降りると目の前に灯台が迫ってきます。灯台下にある博物館は、昨夜の雨で、床が水浸しになっています。

 ジェノバの灯台は1543年に建設され、世界で4番目に古い灯台です。76メートルの高さを誇るこの灯台は、40メートルの岩の上に立っており、それも入れた高さは世界で2番目になるようです。そのため、数キロ離れたところからでも見ることができる重要なランドマークとなっています。実際に上ることが出来るのは、途中の展望台までですが、それでもビルの4階になります。展望台からは、ジェノバ湾が見渡せますが、海岸沿いにコンテナが多数置かれており、ここがイタリアの重要な物流基地であるというのが実感できます。

 48時間のシティーパスの時間が迫っていますので、ジェノバの観光パンフレットに出ている展望台に行きたいと思います。途中、何げなくサンティッシマ アヌンツィアータ教会に入ってみました。天井画も、太くて立派な柱も本当に見事でした。外に出ると、入口の脇にティモシー・シュマルツ作の「When I Was Hungry and Thirsty」のブロンズ像があります。イエスが地面に座り、穴の開いた手を差し出して、食べ物と水を乞う姿は、はっとさせる程迫力があります。

 途中のパン屋のショーウィンドーを覗くと、羊の形をしたアニェッロ・バスクアーレというマジパンが並べられています。どこのパン屋さんにもありましたが、復活祭の頃に食べられる伝統的な食べ物のようです。(今にして思えば、食べてみたかった!)さて、展望台へはエレベーターがあるはずですが、どこを探しても見つかりません。やむなく急な階段を15分ほど登って行きます。展望は確かに素晴らしかったのですが、これまで何回も見ていますので、それほど感動ありません。た展望台の脇に、20~30人乗れるエレベーターがあります。それに乗って下に降りると、展望台の入り口は何とトンネルの中。これでは見つかるはずもありません。

 ついでに近くから出ているケーブルカーにも乗ってみることにします。上の終点まで行っても、特段に景色が見えませんでしたので、すぐに引き返してきました。

 お昼時となりました。今日は日曜日なので、レストランなどは休みのところが多いので、ホテル近くのオリエンターレ市場のフードコートに行きます。システムは日本と同じで、注文後、出来上がったときに手元のブザーが鳴る仕組みです。ベアーアンドグリルというハンバーガー屋でトリュフの入ったハンバーグを注文しました。ハンバーガーは見た目以上に大きく、かなりお腹がいっぱいになりました。食後は、ホテルに戻ります。

 空も晴れてきましたので、ジェノバ湾を見に行くことにします。ホテルの前の道をまっすぐ海側に進むと、15分ほどで到着しました。明日は、チンクエッテレに行きますので、この天気が続くことを祈ります。ホテルに帰る途中フォッカチェリアによって、今日の夕食のフォッカチェリを買って帰りました。

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トリノ

<一日目>

 今回は12日間の予定で、トリノ→ジェノバ→ミラノと北イタリアを巡りたいと思います。羽田を8時半に出て、ミラノのマルペンサ空港には18時半(日本時間の翌日2時半)着き、空港からはバスでトリノに向かいます。バス停の掲示板に予約したバスの表示がなかったので、本当にバスが来るのかとても心配になりましたが、ほどなく定刻にバス乗ることができました。トリノのバス停からトラム9号線に乗り、ポルタ・ヌオーヴァ駅前で降りると、そこからは今日の宿泊先のスターホテルズが見え、ようやくひと安心です。時刻は22時(日本時間翌日6時)で、家を5時頃出ていますので、丸1日の行程でした。

<二日目>

 今日の朝は、ポルタ・ヌオーヴァ駅に行って、予約した切符の変更ができないか、チャレンジしてみます。写真にあるように(はっきり見えませんが)入力は3月18日なのですが、発行された切符は3月19日になっています。日本で購入する場合、イタリア国鉄のシステムでよく起こるエラーらしいです。ホテルから外に出ると、若干、霧がかかっています。駅の窓口に行ってシステムのエラーだから交換して欲しい旨強く主張しましたが、変更できない切符だからできないの一点張りで、交換には応じてもらえませんでした。残念ながら€37の損害です。 

 トリノ観光の前に、駅前の観光案内所でシティパスを買おうと思いましたが、そこでは販売してないとのこと。王宮前のカステッロ広場に有る観光案内所で販売しているということなので、そこからローマ通りを歩いて観光案内所に向かいます。

 シティパスを購入しましたが、今日は王宮は休館ということなので、エジプト博物館に向かいます。トリノの観光地は中心部に固まっていますので、基本的にどこも歩いて行けます。ここのエジプト博物館はサヴォイア家の古代エジプトコレクションを元に創立されたもので、ヨーロッパで最も優れたエジプトコレクションとして有名です。棺や埋葬物など数多く展示されています。エジプトから持ってこれるものを根こそぎ持ってきているような感じがして、この行為は許されるのか、という感じもします。

 次は、奇妙な形をした塔のあるモーレ・アントネッリアーナに行きます。高さが揃っているトリノの町並みの中で、167.5mのこの塔は非常に目立ちます。塔の上の展望台へはパノラマエレベーターで登るのですが、四方はガラス張りで、下もよく見えるので、非常に怖い感じがします。展望台からは、トリノの平べったい街並みが見え、遠くにはアルプスも見えます。

 同じ建物の中に、国立映画博物館がありますので、そこも見学します。映画の歴史や撮影技術、映画のポスターや使われていた物品などを見ながら散歩できるようになっています。マリリンモンローの靴や衣装も展示されていました。

 昼食は近くのラヴィオリハウスでラビオリとワインをいただきました。この店は、トリノ生まれで、チェーン展開しているようです。下の写真は、トリノの店を撮り忘れたので、ジェノバの店を載せています。

 昼食後はバスに乗り、リンゴット地区に向かいます。はじめは、フィアット創業者らの手によって作られた自動車博物館を見学します。展示は、クラシックカーやスーパーカー、車体の構造やこの地区の生産体制の歴史などイタリア語がわからなくても理解でき、楽しめる博物館となっています。特にクラシックカーについては、触ることについて制限もないので、実際に座席に座ることもできました。

 次は、フィアットの旧リンゴット工場を再開発したショッピングセンターリンゴットに行ってみます。この工場は、1923年5月竣工した地上5階建・全長500mの工場で、1フロアでの工程が終わるごとに上階に移動させ、最後に総延長約1キロメートルの屋上テストコースで走行試験を行ったあとスロープで搬出するという、世界的にもユニークな自動車工場でした。ここは1982年に操業終了し、現在、その屋上は、「ラ・ピスタ・チンクエチェント(500コース)」となって、有料で開放されています。夕方になりましたので、今日のトリノ観光はここで終了とします。

<三日目>

 今日の観光は、王宮からスタートしますが、そこに行く前に、王宮の西側にある「ポルタ・パラッツォ」と呼ばれる市場をのぞいてみます。ここはヨーロッパ最大の青空市場といわれ、メインの野菜、果物、肉や魚などの生鮮食品に加え、洋服やバッグなどの衣料品、生活に欠かせない日用雑貨まで700程度の屋台が並んでいます。市場と王宮の間には、ローマ時代の遺跡であるパラティーナ門があり、その前にはシーザーの像が立っています。

 いよいよ王宮に入ります。ここはサヴォイア王家の公式宮殿として、1865年まで使用されていました。玄関広間から階上に向かう「はさみの階段」は、天井画と一体になったバロック空間が広がっています。大広間を中心として、王宮武器庫や聖骸布の礼拝堂、サバウダ美術館を順に巡ります。じっくり見学すると、時間がいくらあっても足りません。

 王宮のあとは、高さ約18メートルの広々とした空間のGalleria Subalpinaに行き、その左側にあるトリノで最も有名な喫茶店「バラッティ&ミラノ」に入ってみます。大きな窓からは、ガレリアがよく見えます。カプチーノとビチェリン(トリノ名物、ホット・チョコレート+エスプレッソ+生クリームの3層の混合飲料)、カンノロ・ザバイオーネ(イタリアのペストリー)を頂きました。

 喫茶店を出て、カリニャーノ宮殿にあるイタリア統一博物館を見学します。ここには、フランス革命からナポレオン時代、ウィーン体制から第一次世界大戦に至るまでのイタリア史を語る資料や、遺品、武器、芸術作品などが展示されています。イタリア統一後、首都はトリノ(1861年)、フィレンツェ(1865年)、ローマ(1871年)と変遷していますが、首都であった期間の国会はここにありました。

 見学の最後は、アーマダ宮殿にある市立古典美術館です。もともと古代ローマの砦であったものを改造していますので、西側と東側では趣が全く異なります。ここの美術館の塔の上には登ることができ、王宮前の広場やトリノの市街がよく見えます。運の良いことに、この日はフェルメールの「青衣の女」が、アムステルダム国立美術館から来ており、じっくり鑑賞出来ました。

 主立った観光地はだいたい行きましたので、中心部からバスで、郊外のCONADというスーパーマーケットに行ってみます。日本のイオンやヨーカドーみたいなスーパーのようです。そこでお土産用や自宅用の食料品を買ってみました。

 トリノの最後の夕食は、「地球の歩き方」に出ている「イル・ヴィーコロ」に行ってみます。時間がありましたので、その前に、ポー川に行ってみます。夜のポー川は、昼に比べかなり美しく見えますね。店では、リゾット2種類、カツレツ、野菜サラダを頼みましたが、リゾット二皿は我々には多いので一皿で十分といわれ、更に取分け皿も出してくれました。この対応はヨーロッパでは初めての体験ですが、地球の歩き方に出ていることもあり、この店には日本人がよく来るのでしょうか。

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法隆寺、中宮寺、法輪寺、法起寺

<三日目>

 最終日の今日は、法隆寺を中心に、斑鳩エリアをまわりたいと思います。JR大和路線の法隆寺駅で降り、駅前のコーヒーショップ「ゲーブル」で、さっそく自転車を借ります。10分ほどで法隆寺参道に到着しますので、南大門の脇に駐輪します。南大門の下をくぐると、正面には中門、その奥に五重塔や金堂を中心とする西院伽藍が見え、です。

 中門左にある入口から、西院伽藍に入ります。西院伽藍にある建物は、飛鳥、奈良、平安時代に建てられたもので、すべて国宝です。金堂は、法隆寺で最初に建立された建物です。屋根を支える支柱には、登り龍や下り龍が取り付けられていますが、これは江戸時代の大修理の際に付けられたものです。五重塔は日本最古の五重塔で、舎利を安置するための建物です。最下層の屋根と裳階(もこし)の間には、歯を食い縛って建物を支えている邪気が置かれています。僧侶が仏道を学び法要を行う施設である大講堂は、一度は落雷で焼失していますが、再建、と言っても平安時代の990年にされたものです。西院伽藍を囲む回廊自体も、国宝です。

 西院伽藍を出て、その西側にある西円堂(さいえんどう)に向かいます。途中には国宝の三経院・西室(僧が生活をするための僧坊)があります。西円堂は、夢殿と同じ八角円堂形式で、中には国宝の薬師如来像が収められています。また西円堂は、境内の小高い所にあるため、そこからは西院伽藍が一望出来ます。西円堂の脇に、時の鐘として使われている鐘楼があります。訪れた時、丁度、鐘が突かれていました。この音を聞いて、正岡子規はあの有名な俳句を考えたのでしょうか。

 次は、国宝の聖霊院・東室(西室と同じく僧坊)を過ぎ、西院伽藍の東側にある大宝蔵院に向かいます。ここには、百済観音像が安置されている百済観音堂を中心に、東西に宝蔵が置かれ、法隆寺に伝来する数々の名宝が展示・保管されています。大宝蔵院を見学した後、西院と東院の境に建っている東大門(中ノ門)をくぐり、東院伽藍に入り、夢殿に向かいます。

 東院四脚門は東院の東側の出入口です。そこを出て、東院廻廊をくぐると、正面に夢殿が現われ、甍の上には見事な宝珠が輝いています。ここは聖徳太子の斑鳩の宮の跡で、太子信仰の聖地です。東院廻廊のそばには、袴腰(はかまごし)と呼ばれる形式の東院鐘楼があります。

 法隆寺の隣には、中宮寺があります。ここは、聖徳太子の母、穴穂部間人(あなほべのはしひと)皇后の祈願で創建された寺で、日本最古の尼寺です。1968年に建てられた本堂には、アルカイックスマイルと呼ばれる穏やかな笑顔をたたえた国宝の菩薩半跏思惟像が本尊として安置されており、間近で見ることが出来ます。

 ここからは法隆寺地区を離れ、斑鳩を自転車で巡ります。最初は、斑鳩神社です。ここは平安時代に法隆寺別当が、自身が菅原氏の子孫であるとして菅原道真を祀ったといわれて、境内には牛の像が鎮座しています。旧法隆寺村の産土神として信仰されているようです。

 次は法輪寺です。ここの創建は飛鳥時代に遡り、聖徳太子の長子である山背大兄王が、聖徳太子の病気平癒を願って建立したと伝えられています。かつて国宝であった三重塔は落雷で消失しましたが、1975年に創建当初の様式で再健されています。講堂は本来は僧が勉強するための建物ですが、1960年に耐火・耐震の収蔵庫として改築されています。その講堂で、保管、保存されている仏像を見学します。

 斑鳩エリアは、お寺が点在していますので、観光用にサイクルロードは整備されています。今の季節、2月は若干寒いのですが、サイクリングには最適のような気がします。法起寺には、5分程で到着です。この寺も法輪寺と同じように聖徳太子の子である山背大兄王が創建しています。ここの三重塔は706年頃の当初の姿を残しており、日本最古のもので、当然国宝指定されています。

 昼食時となりました。サイクリングロードを、法隆寺と反対の方向に進み、「大和路うどんわらじや」に入ります。にぎり盛り定食とさば押し寿司定食を頂きました。

 昼食後、まだ時間がありましたので、法隆寺とは反対側、龍田川に向かいます。途中、藤ノ木古墳、藤ノ木古墳に関する展示が見られる斑鳩文化財センターに立ち寄ります。藤ノ木古墳は6世紀後半に作られた50mの円墳です。未盗掘の石棺からは、二体の被葬者と世界でも類を見ない豪華な馬具や副葬品が出土しています。それらはセンター内で展示されています。センターの外には、朱色に塗られた藤ノ木古墳石棺の実物大レプリカがありました。

 百人一首、在原業平の歌った「ちはやぶる」の龍田川が、近くを流れていますので、せっかくですので行ってみます。途中に、龍田神社があります。この神社は、社伝では、聖徳太子が法隆寺を建立した際、その鎮守社として龍田大明神を祀る神社を創建したというのが始まりのようです。文化財センターから、15分程で竜田川の川べりに到着しました。紅葉の名所らしいのですが、川は両岸とも改修されていて、想像していたイメージとはかなり違っていました。時間も大分押してきましたので、奈良駅に戻りたいと思います。

 奈良の最後に、葛といえば吉野葛。天極堂のJR奈良駅前店で、プルンとした本葛の弾力と透明感がある作りたてでしか味わえない葛もちを頂きました。本店は混んでいるようですが、ここはそうでもありません。今回の旅行はここで終了です。

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郡山城、薬師寺、唐招提寺、平城宮跡

<二日目>

 今日は奈良の西の京(右京)を巡りたいと思います。その前に、NHK大河の豊臣秀長で話題になっている大和郡山城訪ねてみたいと思います。近鉄郡山駅で降り、歩くこと10分、目の前に郡山城の堀が見えてきます。やはり秀長の幟が立っていました。堀に架かっている竹林橋址を渡り、竹林門跡を過ぎると、すぐ本丸ですが、そこには初代郡山藩主・柳沢吉里の父であり、5代将軍・徳川綱吉に重宝された側用人の柳澤吉保を祀っている柳澤神社が鎮座しています。

 さっそく天守台に上り、周辺を眺めてみます。ここからは東大寺の屋根が見えるとのことでしたが、今は見えません。但し、薬師寺の二本の三重塔は見えます。一帯は現在、郡山城跡公園として、急ピッチで整備しているようです。

 次は再び近鉄橿原線に乗り、西ノ京駅で降り、薬師寺に向かいます。5分程で興楽門に到着します。そこから境内に入り、御朱印受付や売店のある東僧坊を抜けると、目の前に大講堂と金堂が現れます。いずれの建物も再建された建物ですが、中にある仏像は国宝揃いです。

 境内の南側には西塔と東棟が建っています。裳階(もこし)を付けているため、いずれも六重の塔に見えますが、三重の塔です。西塔は再建された塔ですが、東棟は薬師寺創建当初から唯一現存する塔で、平城京としての最古の構造物とされ、国宝となっています。周囲の回廊も再建されたものです。中門から一旦外に出て、回廊に沿って進むと、東院堂がありますが、これは鎌倉時代に再建されたもので、やはり国宝になっています。

 先ほど入った興楽門から出て道を渡り、薬師寺の北の境内に入ります。そこには西遊記のモデルそして有名な玄奘三蔵の遺骨を祀っているという玄奘三蔵院があります。今日は公開日では無いので、礼門から見るだけです。

 次は唐招提寺に向かいます。この辺一帯は、かつては平城京の中(右京)でしたが、今は全くの田園地帯で、その面影は有りません。ちなみに東大寺や興福寺は左京の一番東側です。徒歩10分ほどで到着です。南大門から入ると正面に教科書にもある有名な金堂が鎮座しています。建物も国宝ですが、堂内で祀られている千手観音菩薩立像をはじめ9体の仏像が国宝です。国宝の経蔵、宝蔵の前を横切り、境内北東の奥にある鑑真和上の墓所(開山御廟)に向かいます。途中の林の苔は、一面絨毯のような美しさでした。

 開山御廟は、緑深い木立の中にあります。鑑真和上が亡くなってから1250年たちますが、参拝する人は途絶えないそうです。和上の姿を写した「御身代わり像」が、開山堂に祀られていますので、参拝します。最後は、正式な僧となるための授戒の儀式を行っていた戒壇に行きます。今は、基壇のみが残るだけです。

 昼時となりましたが、周囲には食事の出来そうなところが無いので、平城宮跡に向かって歩くことにします。15分程歩くと、平城宮跡近くに「花惣奈良本店」が有りましたので入ります。炊き込みご飯定食と和定食を頂きました。

 食後はいよいよ平城宮跡に入ります。徒歩で5分ほどです。入口には、迫力ある復元遣唐使船が置かれています。なにせ平城宮跡はとても広い(130ha)ので、自転車での見学が必須です。天平みはらし館で、借りることにします。見学は朱雀門からスタート。朱雀門からは、遠くに大極門、東楼(ほぼ完成)、西楼(復元中)からなる南門が小さく見えます。

 平城宮跡内を通過する近鉄奈良線を超えて、南門に向かいます。自転車でも5分くらいかかります。南門は現在工事中のため、中には入れませんが、大極門の向こうには、第一次大極殿(平城京遷都710年~恭仁京遷都740年の間使用)が見えます。自転車で向かいます。大極殿は天皇の即位式や重要な国家儀式で使われていた施設で、周囲は、かつては回廊で囲まれていました。内部には天皇が着座するための高御座も展示されています。

 第一次大極殿の東側には、第二次大極殿(平城京再遷都745年~長岡京遷都784年の間使用)の遺構が広がっています。第二次大極殿は第一次大極殿と異なり、復元せずに、遺構として保存していくようです。第二次大極殿の北側は内裏だったようです。

 第二次大極殿の東側に遺構展示館があります。奈良時代の役所の建物跡である遺構を、発見当時の状態で保存・展示しています。この遺構からは他の役所ではあまり用いられないレンガが多数出土したことから、特別の役所(太政官?)が存在したのではないかという説もあるようです。

 内裏と遺構展示館の間に、天皇家のための役所である推定宮内省があります。役所では、土間に机と椅子を置き執務したと考えらるそうです。机は正倉院宝物の復元品とのこと。推定宮内省のそばで、井戸跡が発見され、当時に近い状態で復元展示されています。

 平城宮の東に張り出した部分を東院といい、その南東隅に大きな庭園の遺跡が発見されています。これを復元したものが、東院庭園です。これは迎賓館の役割を担い、宴会や儀式が催されていたようです。

 平城宮跡の見学の最後は、平城宮跡資料館に立ち寄ります。ここでは、宮殿内部の様子から役所の仕事まで、わかりやすく展示しています。役所の出土品の中で興味を引いたのは、小刀で、木簡を削って修正するためのもので、現在の消しゴムですね。平城宮内の寝室や書斎、居間も再現されていますが、貴族の生活は、現在とあまり変わりがないような感じがしました。戻る途中、丁度、近鉄奈良線の電車がやってきました。遺跡の中を、電車が走っているのは、何か変な感じがします。

 バスでJR奈良駅に戻る途中、朱雀大路に、平城宮いざない館がありますので、見学してみます。この施設は奈良時代の平城宮を体感するための施設らしいですが、遺構展示館や平城宮跡資料館など、 似たような施設がここには三箇所もあり、それも皆無料で、予算のかけ過ぎのような気がします。平城宮いざない館の正面には、明治時代から大正時代にかけて、平城宮の保存活動を行った棚田嘉十郎を顕彰する銅像があります。

 今晩の夕食は、当初の予定通りJR奈良駅ホーム下の「奈良のうまいものプラザ」の農園直送レストラン「古都華」で頂くことにします。奈良の銘柄牛「大和牛」のハンバーグとたっぷりの地元野菜、奈良のお米「ヒノヒカリ」のごはんのセットです。添えられている野菜は超ボリュームが有ります。それと、法隆寺をイメージして造られたという純米大吟醸「斑鳩の里(千代酒造、御所市)」。奈良づくしです!

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興福寺、春日大社、東大寺

<一日目>

 今回は25年ぶりの奈良です。久しぶりなので、有名所を一回りします。初日は奈良公園周辺です。 JR奈良駅の前には、現在は観光案内所となっているJR奈良駅旧駅舎がありますが、そこからスタートします。そばにある平城宮大極殿跡案内道標を、横目に、三条通を東に、猿沢池まで進みます。そこからは高台にある興福寺の、現在修復中の五重塔がよく見えます。

 三条通りからは、興福寺の三重塔の脇の南円堂参道を登り、境内に入ります。興福寺は藤原不比等により710年に創建されています。参道の正面に南円堂がありますが、ここは「西国三十三所」の第九番札所ということもあり、参拝者が大勢います。南円堂の反対側には、釈迦の舎利を納める墓標である国宝の五重塔があります。2034年3月に竣工ということなので、姿はまだまだ見られませんね。境内左側に進むと、北円堂があります。これは興福寺残る最後の建物(1210年)で、やはり国宝となっています。

 先ほど通った南円堂参道の脇にあった三重塔です。これも北円堂と共に興福寺で最古の建物で、やはり国宝となっています。木割が細く、鎌倉時代の建物ですが、平安の建築様式を伝えています。中央の中金堂に入ってみます。 1717年に焼失し300年後の2018年に再建落慶しています。ここの本尊である釈迦如来坐像は、当初は藤原鎌足が蘇我入鹿の打倒を祈願して造立したそうです。回廊・中門までは復元されていませんが、礎石だけは残されています。次は隣の東金堂に入ってみます。建物自体が国宝ですが、なんと18体もの国宝の仏像が、安置されています。

 最後に国宝館を見学します。ここは有名な阿修羅像をはじめ、国宝の仏像、仏具が多数展示されています。 7割ぐらいは国宝です!猿沢の池から興福寺境内への五十二段のを右手に見て、次は春日大社に向かいます。52段は菩薩の修行の段階を表しているそうです。

 興福寺と春日大社の境界に一の鳥居があります。そこから二の鳥居まで、1キロ弱ほど、長い長い参道を進みます。春日大神の使いである神鹿(しんろく)は、古代から殺生が禁止され、現在は1200頭が一帯に生息しているそうです。オス鹿には気を付けよとの看板がありますが、角が切られていない鹿は、確かに危ない気がします。

 春日大社の大宮へは南門から入ります。通常の参拝は、幣殿で行いますが、特別拝観の場合は、本殿の前まで行けますので行ってみます。初めは大宮を囲む回廊を巡ります。回廊には燈籠が沢山掲げられています。ここの夜は、幻想的で美しいそうです。回廊の先は、御蓋山浮雲峰遙拝所 (みかさやまうきぐものみねようはいじょ)となっています。御蓋山は鹿島の武甕槌命(たけみかづちのみこと)が白鹿の背に乗り天降した場所で、現在も禁足地として入山が厳しく制限されいます。

 中門は本殿の直前にある楼門で約10mの高さがあります。中門の両側に左右に約13m、鳥が翼を広げたように御廊があります。本殿は見ることは出来ませんが、御祭神の4つの社が建っています。御廊の左には樹齢1000年といわれる高さ20mの大杉があります。春日大社には3000基の燈籠があるそうで、年三回万燈籠神事があるそうで、それを体感出来るように、藤浪之屋の内部で再現されています。

 本殿を参拝した後、少し離れたところにある春日若宮と夫婦(めおと)大黒社に参拝します。夫婦大黒社は日本で唯一夫婦の大黒様をお祀りした社で、縁結びの神様です。水占いをしている人がいました。ここの水占いは、水に浸した紙を、納所に収めるんですね。

 お昼の時間となりました。春日荷茶屋で名物の万葉粥を頂きたかったのですが、あいにく臨時休業。春日大社国宝殿に併設されているカフェ・ショップ 鹿音(KAON)で、「春日の滋養ラーメンセット」を頂きました。

 食後は15分ほど歩いて東大寺に向かいます。ここには比較的修学旅行生が多くいました。南大門の下をくぐり、両側の金剛力士像を見ながら参道を進みます。突き当たりは大仏殿の中門で、回廊を左に曲がり、拝観入口から大仏殿前庭に入ります。

 さっそく大仏殿の盧遮那仏座像を参拝します。大仏殿の前にある金銅八角燈籠は、創建当時の状態で残っているそうで、国宝です。大仏殿の柱の穴の前には、やはり人が並らんでいます。私もトライしようと思い、 穴の前まで行ってみましたが、通り抜けられそうもなかったので、やめました。大仏殿の出口には、びんずる様が鎮座していますが、高すぎて、私の治したい悪いところには、残念なことに手が届きませんでした。

 大仏殿を見た後は、裏参道を上り、東大寺で一番高いところにある二月堂に向かいます。ここは3月に行われる「お水取り」と呼ばれる修二会(しゅにえ)の舞台です。二月堂の休憩所には、修二会で使われる籠松明が壁展示されていました。二月堂の隣は法華堂(三月堂)で、東大寺境内では最古の仏堂です。

 二月堂から裏参道を下ってきます。途中からは、東大寺の鎮守社である手向山(たむけやま)八幡宮の参道になります。鳥居の脇には、 1200 年前、大仏殿前に建てられたという 2 基の「七重の塔」を摸して大阪万博で展示された古河パビリオンの七重塔の相輪が置かれています。東大寺ミュージアムで仏像、仏具を見学した後、併設されている茶廊・葉風泰夢(ハーフタイム)で一服することとし、ここのオリジナル菓子である青蓮(せいれん)とあんず日餅(にっぺい)のセットを頂きました。

 東大寺の最後は、鑑真和上から戒を受けるための御堂として建てられた、戒壇堂です。ここには天平時代の傑作である国宝の四天王像が安置されているらしいのですが、時間も遅くなったため、門は閉まっていました。戒壇堂は外から見るだけでした。まだ明るいので、近くにある正倉院に立ち寄ります。公開は午後3時までですが、時間内でも建物の中には入れませんので、塀の外から正倉院の建物を眺めてみることにしました。今日は、ずいぶん歩きました。ここからは、バスでホテルに戻ることにします。

 夕食は、ホテルのおすすめリストにあった三条通りに面した「Kura」に入ります。地場料理の店とありましたが、メニューには、いかにも奈良という料理はなかったので、とりあえずありきたりのものを頂きました。但し、お酒は宇陀市久保本家酒造の「睡龍」をお願いしました。食後、ホテルに戻る途中、 JR奈良駅の下にある「奈良のうまいものプラザ」に入ります。ここにはイートインコーナーがあり、奈良のものが頂けるということなので、明日の夕食はここにしたいと思います。

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名護屋城

<三日目>

 今日は名護屋城を見学して、福岡に戻ります。ホテルの東側は、唐津湾沿いに、虹の弧のように松原が連なっており、虹の松原と言われています。唐津を去る前に、立ち寄ってみます。この松原は、唐津藩の初代藩主、寺沢志摩守広高が、防風・防潮林として植林したのが始まりで、全長約4.5km、幅はなんと約500m!にわたっています。ここは、三保の松原、氣比の松原(2025年3月に訪問)とともに日本三大松原の一つで、国の特別 名勝に指定されています。

 名護屋城を目指して、海岸沿いに車を走らせます。多くの巨石が天に向かって立ち並んでいる海岸が立神岩です。手前の黒っぽい2つの巨大な玄武岩の柱は、寄り添うように立っていることから、「夫婦岩」と呼ばれているそうです。また、このエリアは、湾になっていて、九州のサーフィン発祥地といわれて、人気のスポットらしいです。

 海岸線を更に進むと、国の天然記念物、七ツ釜(ななつがま)があります。七ツ釜までは、柱状節理のゴツゴツした丘を10分程歩きます。途中には玄界灘を見つめる、海を守る女神として信仰されている乙姫大明神の像が立っています。その像の下には、ががら瀬という波に浸食された柱状節理の海岸が広がっています。岬の先の七つ釜は、その名の通り波でえぐられた7つの洞窟が並列しています。最大の穴は間口の幅が3m、奥行きが110mもあるとのこと。波の状況が良ければ遊覧船で中に入ることができるようです。呼子からは毎日出航するようですが、ここから出る遊覧船は、4月から11月までのようです。

 ようやく名護屋城に着きました。はじめに名護屋城博物館で、この城の概要を知ることにします。この名護屋城は、豊臣秀吉の朝鮮出兵に際して、出兵の拠点として築かれた城で、1592年の開戦から秀吉の死で諸大名が 撤退するまで、7年の間大陸侵攻の拠点となっています。城の面積は約17㏊で、当時は大坂城に次ぐ規模で、ここに20万人を超える人々が集まっていました。目玉の展示は、豊臣秀吉が名護屋城に持ち込ませ、茶会や外国使節の歓待に使用した「黄金の茶室」が、再現されています。

 名護屋城は大手口から入り、東出丸、三の丸、本丸へと上っていきます。本丸に着くと、目の前がパッと開け、玄界灘が目の前に表れます。秀吉は、朝鮮出兵の際、ここの本丸天守閣から、朝鮮に向かう船団を見送ったことでしょう。遠くには、かすかに壱岐が見えます。周りの島々がよく見えますので、天下を取った気分になりますね。秀吉の死後、この城は廃城となり、一部は唐津城に移築され、石垣は、島原の乱の後に、一揆などの立て篭もりを防ぐ目的で要所が破却されています。この城はわずか7年の命で、今は、天守台には大きなクスノキが生えているだけです。14時近くなりましたので、福岡に向かいます。

 飛行機の時間にはまだありましたし、昼食もまだでしたので、天神のピエトロでパスタを頂きました。まだ時間がありましたので、キャナルシティ博多で、音楽に合わせて踊る「噴水ショー」を見てから、空港に向かいました。