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国内旅行

法隆寺、中宮寺、法輪寺、法起寺

<三日目>

 最終日の今日は、法隆寺を中心に、斑鳩エリアをまわりたいと思います。JR大和路線の法隆寺駅で降り、駅前のコーヒーショップ「ゲーブル」で、さっそく自転車を借ります。10分ほどで法隆寺参道に到着しますので、南大門の脇に駐輪します。南大門の下をくぐると、正面には中門、その奥に五重塔や金堂を中心とする西院伽藍が見え、です。

 中門左にある入口から、西院伽藍に入ります。西院伽藍にある建物は、飛鳥、奈良、平安時代に建てられたもので、すべて国宝です。金堂は、法隆寺で最初に建立された建物です。屋根を支える支柱には、登り龍や下り龍が取り付けられていますが、これは江戸時代の大修理の際に付けられたものです。五重塔は日本最古の五重塔で、舎利を安置するための建物です。最下層の屋根と裳階(もこし)の間には、歯を食い縛って建物を支えている邪気が置かれています。僧侶が仏道を学び法要を行う施設である大講堂は、一度は落雷で焼失していますが、再建、と言っても平安時代の990年にされたものです。西院伽藍を囲む回廊自体も、国宝です。

 西院伽藍を出て、その西側にある西円堂(さいえんどう)に向かいます。途中には国宝の三経院・西室(僧が生活をするための僧坊)があります。西円堂は、夢殿と同じ八角円堂形式で、中には国宝の薬師如来像が収められています。また西円堂は、境内の小高い所にあるため、そこからは西院伽藍が一望出来ます。西円堂の脇に、時の鐘として使われている鐘楼があります。訪れた時、丁度、鐘が突かれていました。この音を聞いて、正岡子規はあの有名な俳句を考えたのでしょうか。

 次は、国宝の聖霊院・東室(西室と同じく僧坊)を過ぎ、西院伽藍の東側にある大宝蔵院に向かいます。ここには、百済観音像が安置されている百済観音堂を中心に、東西に宝蔵が置かれ、法隆寺に伝来する数々の名宝が展示・保管されています。大宝蔵院を見学した後、西院と東院の境に建っている東大門(中ノ門)をくぐり、東院伽藍に入り、夢殿に向かいます。

 東院四脚門は東院の東側の出入口です。そこを出て、東院廻廊をくぐると、正面に夢殿が現われ、甍の上には見事な宝珠が輝いています。ここは聖徳太子の斑鳩の宮の跡で、太子信仰の聖地です。東院廻廊のそばには、袴腰(はかまごし)と呼ばれる形式の東院鐘楼があります。

 法隆寺の隣には、中宮寺があります。ここは、聖徳太子の母、穴穂部間人(あなほべのはしひと)皇后の祈願で創建された寺で、日本最古の尼寺です。1968年に建てられた本堂には、アルカイックスマイルと呼ばれる穏やかな笑顔をたたえた国宝の菩薩半跏思惟像が本尊として安置されており、間近で見ることが出来ます。

 ここからは法隆寺地区を離れ、斑鳩を自転車で巡ります。最初は、斑鳩神社です。ここは平安時代に法隆寺別当が、自身が菅原氏の子孫であるとして菅原道真を祀ったといわれて、境内には牛の像が鎮座しています。旧法隆寺村の産土神として信仰されているようです。

 次は法輪寺です。ここの創建は飛鳥時代に遡り、聖徳太子の長子である山背大兄王が、聖徳太子の病気平癒を願って建立したと伝えられています。かつて国宝であった三重塔は落雷で消失しましたが、1975年に創建当初の様式で再健されています。講堂は本来は僧が勉強するための建物ですが、1960年に耐火・耐震の収蔵庫として改築されています。その講堂で、保管、保存されている仏像を見学します。

 斑鳩エリアは、お寺が点在していますので、観光用にサイクルロードは整備されています。今の季節、2月は若干寒いのですが、サイクリングには最適のような気がします。法起寺には、5分程で到着です。この寺も法輪寺と同じように聖徳太子の子である山背大兄王が創建しています。ここの三重塔は706年頃の当初の姿を残しており、日本最古のもので、当然国宝指定されています。

 昼食時となりました。サイクリングロードを、法隆寺と反対の方向に進み、「大和路うどんわらじや」に入ります。にぎり盛り定食とさば押し寿司定食を頂きました。

 昼食後、まだ時間がありましたので、法隆寺とは反対側、龍田川に向かいます。途中、藤ノ木古墳、藤ノ木古墳に関する展示が見られる斑鳩文化財センターに立ち寄ります。藤ノ木古墳は6世紀後半に作られた50mの円墳です。未盗掘の石棺からは、二体の被葬者と世界でも類を見ない豪華な馬具や副葬品が出土しています。それらはセンター内で展示されています。センターの外には、朱色に塗られた藤ノ木古墳石棺の実物大レプリカがありました。

 百人一首、在原業平の歌った「ちはやぶる」の龍田川が、近くを流れていますので、せっかくですので行ってみます。途中に、龍田神社があります。この神社は、社伝では、聖徳太子が法隆寺を建立した際、その鎮守社として龍田大明神を祀る神社を創建したというのが始まりのようです。文化財センターから、15分程で竜田川の川べりに到着しました。紅葉の名所らしいのですが、川は両岸とも改修されていて、想像していたイメージとはかなり違っていました。時間も大分押してきましたので、奈良駅に戻りたいと思います。

 奈良の最後に、葛といえば吉野葛。天極堂のJR奈良駅前店で、プルンとした本葛の弾力と透明感がある作りたてでしか味わえない葛もちを頂きました。本店は混んでいるようですが、ここはそうでもありません。今回の旅行はここで終了です。

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郡山城、薬師寺、唐招提寺、平城宮跡

<二日目>

 今日は奈良の西の京(右京)を巡りたいと思います。その前に、NHK大河の豊臣秀長で話題になっている大和郡山城訪ねてみたいと思います。近鉄郡山駅で降り、歩くこと10分、目の前に郡山城の堀が見えてきます。やはり秀長の幟が立っていました。堀に架かっている竹林橋址を渡り、竹林門跡を過ぎると、すぐ本丸ですが、そこには初代郡山藩主・柳沢吉里の父であり、5代将軍・徳川綱吉に重宝された側用人の柳澤吉保を祀っている柳澤神社が鎮座しています。

 さっそく天守台に上り、周辺を眺めてみます。ここからは東大寺の屋根が見えるとのことでしたが、今は見えません。但し、薬師寺の二本の三重塔は見えます。一帯は現在、郡山城跡公園として、急ピッチで整備しているようです。

 次は再び近鉄橿原線に乗り、西ノ京駅で降り、薬師寺に向かいます。5分程で興楽門に到着します。そこから境内に入り、御朱印受付や売店のある東僧坊を抜けると、目の前に大講堂と金堂が現れます。いずれの建物も再建された建物ですが、中にある仏像は国宝揃いです。

 境内の南側には西塔と東棟が建っています。裳階(もこし)を付けているため、いずれも六重の塔に見えますが、三重の塔です。西塔は再建された塔ですが、東棟は薬師寺創建当初から唯一現存する塔で、平城京としての最古の構造物とされ、国宝となっています。周囲の回廊も再建されたものです。中門から一旦外に出て、回廊に沿って進むと、東院堂がありますが、これは鎌倉時代に再建されたもので、やはり国宝になっています。

 先ほど入った興楽門から出て道を渡り、薬師寺の北の境内に入ります。そこには西遊記のモデルそして有名な玄奘三蔵の遺骨を祀っているという玄奘三蔵院があります。今日は公開日では無いので、礼門から見るだけです。

 次は唐招提寺に向かいます。この辺一帯は、かつては平城京の中(右京)でしたが、今は全くの田園地帯で、その面影は有りません。ちなみに東大寺や興福寺は左京の一番東側です。徒歩10分ほどで到着です。南大門から入ると正面に教科書にもある有名な金堂が鎮座しています。建物も国宝ですが、堂内で祀られている千手観音菩薩立像をはじめ9体の仏像が国宝です。国宝の経蔵、宝蔵の前を横切り、境内北東の奥にある鑑真和上の墓所(開山御廟)に向かいます。途中の林の苔は、一面絨毯のような美しさでした。

 開山御廟は、緑深い木立の中にあります。鑑真和上が亡くなってから1250年たちますが、参拝する人は途絶えないそうです。和上の姿を写した「御身代わり像」が、開山堂に祀られていますので、参拝します。最後は、正式な僧となるための授戒の儀式を行っていた戒壇に行きます。今は、基壇のみが残るだけです。

 昼時となりましたが、周囲には食事の出来そうなところが無いので、平城宮跡に向かって歩くことにします。15分程歩くと、平城宮跡近くに「花惣奈良本店」が有りましたので入ります。炊き込みご飯定食と和定食を頂きました。

 食後はいよいよ平城宮跡に入ります。徒歩で5分ほどです。入口には、迫力ある復元遣唐使船が置かれています。なにせ平城宮跡はとても広い(130ha)ので、自転車での見学が必須です。天平みはらし館で、借りることにします。見学は朱雀門からスタート。朱雀門からは、遠くに大極門、東楼(ほぼ完成)、西楼(復元中)からなる南門が小さく見えます。

 平城宮跡内を通過する近鉄奈良線を超えて、南門に向かいます。自転車でも5分くらいかかります。南門は現在工事中のため、中には入れませんが、大極門の向こうには、第一次大極殿(平城京遷都710年~恭仁京遷都740年の間使用)が見えます。自転車で向かいます。大極殿は天皇の即位式や重要な国家儀式で使われていた施設で、周囲は、かつては回廊で囲まれていました。内部には天皇が着座するための高御座も展示されています。

 第一次大極殿の東側には、第二次大極殿(平城京再遷都745年~長岡京遷都784年の間使用)の遺構が広がっています。第二次大極殿は第一次大極殿と異なり、復元せずに、遺構として保存していくようです。第二次大極殿の北側は内裏だったようです。

 第二次大極殿の東側に遺構展示館があります。奈良時代の役所の建物跡である遺構を、発見当時の状態で保存・展示しています。この遺構からは他の役所ではあまり用いられないレンガが多数出土したことから、特別の役所(太政官?)が存在したのではないかという説もあるようです。

 内裏と遺構展示館の間に、天皇家のための役所である推定宮内省があります。役所では、土間に机と椅子を置き執務したと考えらるそうです。机は正倉院宝物の復元品とのこと。推定宮内省のそばで、井戸跡が発見され、当時に近い状態で復元展示されています。

 平城宮の東に張り出した部分を東院といい、その南東隅に大きな庭園の遺跡が発見されています。これを復元したものが、東院庭園です。これは迎賓館の役割を担い、宴会や儀式が催されていたようです。

 平城宮跡の見学の最後は、平城宮跡資料館に立ち寄ります。ここでは、宮殿内部の様子から役所の仕事まで、わかりやすく展示しています。役所の出土品の中で興味を引いたのは、小刀で、木簡を削って修正するためのもので、現在の消しゴムですね。平城宮内の寝室や書斎、居間も再現されていますが、貴族の生活は、現在とあまり変わりがないような感じがしました。戻る途中、丁度、近鉄奈良線の電車がやってきました。遺跡の中を、電車が走っているのは、何か変な感じがします。

 バスでJR奈良駅に戻る途中、朱雀大路に、平城宮いざない館がありますので、見学してみます。この施設は奈良時代の平城宮を体感するための施設らしいですが、遺構展示館や平城宮跡資料館など、 似たような施設がここには三箇所もあり、それも皆無料で、予算のかけ過ぎのような気がします。平城宮いざない館の正面には、明治時代から大正時代にかけて、平城宮の保存活動を行った棚田嘉十郎を顕彰する銅像があります。

 今晩の夕食は、当初の予定通りJR奈良駅ホーム下の「奈良のうまいものプラザ」の農園直送レストラン「古都華」で頂くことにします。奈良の銘柄牛「大和牛」のハンバーグとたっぷりの地元野菜、奈良のお米「ヒノヒカリ」のごはんのセットです。添えられている野菜は超ボリュームが有ります。それと、法隆寺をイメージして造られたという純米大吟醸「斑鳩の里(千代酒造、御所市)」。奈良づくしです!

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興福寺、春日大社、東大寺

<一日目>

 今回は25年ぶりの奈良です。久しぶりなので、有名所を一回りします。初日は奈良公園周辺です。 JR奈良駅の前には、現在は観光案内所となっているJR奈良駅旧駅舎がありますが、そこからスタートします。そばにある平城宮大極殿跡案内道標を、横目に、三条通を東に、猿沢池まで進みます。そこからは高台にある興福寺の、現在修復中の五重塔がよく見えます。

 三条通りからは、興福寺の三重塔の脇の南円堂参道を登り、境内に入ります。興福寺は藤原不比等により710年に創建されています。参道の正面に南円堂がありますが、ここは「西国三十三所」の第九番札所ということもあり、参拝者が大勢います。南円堂の反対側には、釈迦の舎利を納める墓標である国宝の五重塔があります。2034年3月に竣工ということなので、姿はまだまだ見られませんね。境内左側に進むと、北円堂があります。これは興福寺残る最後の建物(1210年)で、やはり国宝となっています。

 先ほど通った南円堂参道の脇にあった三重塔です。これも北円堂と共に興福寺で最古の建物で、やはり国宝となっています。木割が細く、鎌倉時代の建物ですが、平安の建築様式を伝えています。中央の中金堂に入ってみます。 1717年に焼失し300年後の2018年に再建落慶しています。ここの本尊である釈迦如来坐像は、当初は藤原鎌足が蘇我入鹿の打倒を祈願して造立したそうです。回廊・中門までは復元されていませんが、礎石だけは残されています。次は隣の東金堂に入ってみます。建物自体が国宝ですが、なんと18体もの国宝の仏像が、安置されています。

 最後に国宝館を見学します。ここは有名な阿修羅像をはじめ、国宝の仏像、仏具が多数展示されています。 7割ぐらいは国宝です!猿沢の池から興福寺境内への五十二段のを右手に見て、次は春日大社に向かいます。52段は菩薩の修行の段階を表しているそうです。

 興福寺と春日大社の境界に一の鳥居があります。そこから二の鳥居まで、1キロ弱ほど、長い長い参道を進みます。春日大神の使いである神鹿(しんろく)は、古代から殺生が禁止され、現在は1200頭が一帯に生息しているそうです。オス鹿には気を付けよとの看板がありますが、角が切られていない鹿は、確かに危ない気がします。

 春日大社の大宮へは南門から入ります。通常の参拝は、幣殿で行いますが、特別拝観の場合は、本殿の前まで行けますので行ってみます。初めは大宮を囲む回廊を巡ります。回廊には燈籠が沢山掲げられています。ここの夜は、幻想的で美しいそうです。回廊の先は、御蓋山浮雲峰遙拝所 (みかさやまうきぐものみねようはいじょ)となっています。御蓋山は鹿島の武甕槌命(たけみかづちのみこと)が白鹿の背に乗り天降した場所で、現在も禁足地として入山が厳しく制限されいます。

 中門は本殿の直前にある楼門で約10mの高さがあります。中門の両側に左右に約13m、鳥が翼を広げたように御廊があります。本殿は見ることは出来ませんが、御祭神の4つの社が建っています。御廊の左には樹齢1000年といわれる高さ20mの大杉があります。春日大社には3000基の燈籠があるそうで、年三回万燈籠神事があるそうで、それを体感出来るように、藤浪之屋の内部で再現されています。

 本殿を参拝した後、少し離れたところにある春日若宮と夫婦(めおと)大黒社に参拝します。夫婦大黒社は日本で唯一夫婦の大黒様をお祀りした社で、縁結びの神様です。水占いをしている人がいました。ここの水占いは、水に浸した紙を、納所に収めるんですね。

 お昼の時間となりました。春日荷茶屋で名物の万葉粥を頂きたかったのですが、あいにく臨時休業。春日大社国宝殿に併設されているカフェ・ショップ 鹿音(KAON)で、「春日の滋養ラーメンセット」を頂きました。

 食後は15分ほど歩いて東大寺に向かいます。ここには比較的修学旅行生が多くいました。南大門の下をくぐり、両側の金剛力士像を見ながら参道を進みます。突き当たりは大仏殿の中門で、回廊を左に曲がり、拝観入口から大仏殿前庭に入ります。

 さっそく大仏殿の盧遮那仏座像を参拝します。大仏殿の前にある金銅八角燈籠は、創建当時の状態で残っているそうで、国宝です。大仏殿の柱の穴の前には、やはり人が並らんでいます。私もトライしようと思い、 穴の前まで行ってみましたが、通り抜けられそうもなかったので、やめました。大仏殿の出口には、びんずる様が鎮座していますが、高すぎて、私の治したい悪いところには、残念なことに手が届きませんでした。

 大仏殿を見た後は、裏参道を上り、東大寺で一番高いところにある二月堂に向かいます。ここは3月に行われる「お水取り」と呼ばれる修二会(しゅにえ)の舞台です。二月堂の休憩所には、修二会で使われる籠松明が壁展示されていました。二月堂の隣は法華堂(三月堂)で、東大寺境内では最古の仏堂です。

 二月堂から裏参道を下ってきます。途中からは、東大寺の鎮守社である手向山(たむけやま)八幡宮の参道になります。鳥居の脇には、 1200 年前、大仏殿前に建てられたという 2 基の「七重の塔」を摸して大阪万博で展示された古河パビリオンの七重塔の相輪が置かれています。東大寺ミュージアムで仏像、仏具を見学した後、併設されている茶廊・葉風泰夢(ハーフタイム)で一服することとし、ここのオリジナル菓子である青蓮(せいれん)とあんず日餅(にっぺい)のセットを頂きました。

 東大寺の最後は、鑑真和上から戒を受けるための御堂として建てられた、戒壇堂です。ここには天平時代の傑作である国宝の四天王像が安置されているらしいのですが、時間も遅くなったため、門は閉まっていました。戒壇堂は外から見るだけでした。まだ明るいので、近くにある正倉院に立ち寄ります。公開は午後3時までですが、時間内でも建物の中には入れませんので、塀の外から正倉院の建物を眺めてみることにしました。今日は、ずいぶん歩きました。ここからは、バスでホテルに戻ることにします。

 夕食は、ホテルのおすすめリストにあった三条通りに面した「Kura」に入ります。地場料理の店とありましたが、メニューには、いかにも奈良という料理はなかったので、とりあえずありきたりのものを頂きました。但し、お酒は宇陀市久保本家酒造の「睡龍」をお願いしました。食後、ホテルに戻る途中、 JR奈良駅の下にある「奈良のうまいものプラザ」に入ります。ここにはイートインコーナーがあり、奈良のものが頂けるということなので、明日の夕食はここにしたいと思います。