<二日目>
今日も朝から小雨が降っています。今日は東山の南側、三十三間堂の周辺を巡りたいと思います。南大門から三十三間堂を通る道は、かつては巨大な大仏が鎮座する方広寺への参道でした。10時前に着いてしまいましたので、開館している真言宗智山派の総本山智積院の宝物館に向かいます。そこには長谷川等伯一門が描いた桜や楓などの障壁画(国宝)が展示されています。展示室内は撮影禁止ですが、部屋の4面におかれた障壁画は迫力があり圧巻です。次に、国宝の障壁画がかつて飾られていた大書院とその庭園を見学します。大書院は庭園に面して建ち、平安期の寝殿造りの釣殿のように、庭園の池が書院の縁の下に入り込んでいます。贅沢な造りですね。

正面は南大門





南大門から、方広寺参道を進みます。南大門のそばには、方広寺南隅の石碑があります。一番南にあるのは法住寺です。ここは後白河上皇が開いた法住寺殿の跡で、その境内は14ヘクタール以上の広大な敷地で、三十三間堂もその御堂の一つでした。現在の寺は上皇の御陵を守ってきた寺です。ここのご本尊は、木曽義仲の焼き討ちの際に後白河院を守ったと伝わる身代わり不動明王です。



右は三十三間堂

(後白河天皇寮の正門)


次はその隣にある養源院を見学します。この寺はもともと淀殿が、父、浅井長政の菩提を伴うために創建されたお寺です。ほどなく焼失していますが、淀殿の妹で徳川秀忠の妻江の願いにより、浅井家と徳川家、双方の菩提として再建されています。本堂廊下の上の血天井、その廊下にある俵屋宗達の杉戸絵を見学します。廊下の手前には麒麟、廊下の先は唐獅子が杉戸に描かれています。血天井には、手や足、人の姿がはっきり見て取れます。コナンではここが紹介されたようです。



(ガラスの内側が
俵屋宗達の杉戸絵)

昼になりましたので、方広寺参道の上に立つ京都国立博物館に行き、前田珈琲のカフェでナポリタンとサンドイッチのランチを頂きました。食事後は、平成知新館の常設展を見学します。

サンドイッチ



方広寺に向かいます。歩道の脇の京都国立博物館の石垣はかつての方広寺の石垣です。非常に巨大で、秀吉の権勢がうかがえます。方広寺の隣には明治期、1880年に再建された豊国神社があります。参道の唐門は、伏見城の遺構ですが、西本願寺・大徳寺の唐門と合わせて、国宝の三唐門と呼ばれているそうです。



正面は大唐門(国宝)

豊国神社と方広寺の間に、方広寺鐘銘事件のもととなった鐘がつるされている鐘楼(重文)があります。鐘の表面に書かれている銘文は、「国家安康」、「君臣豊楽」の部分が白くマーキングされています。豊国神社と方広寺の間の細い道を進むと、かつて大仏と大仏殿があった公園があります。大仏があった場所は、地面が盛り上がっています。




豊国神社では、最後に、秀吉にゆかりの深い品々が展示されている宝物館を見学します。




方広寺からは、かつては大仏を正面に見たからその名前がついたと思われる正面通りを鴨川に向かって進みます。左手には、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、戦功の証として持ち帰った耳や鼻を供養したと伝わる耳塚があります。鴨川に架かる正面橋を通ると、川で清掃している人がいました。水は、脛までしかない、水深は以外と浅いんですね。橋を渡った先に、ホテル「丸福樓(まるふくろう)」があります。ここは、かつで任天堂の創業地、旧本社社屋だった場所です。






(旧任天堂本社)
川端通りと正面通りの交差点にある京菓子「甘春堂本店」で、柿餅と花びら餅を買ってみました。柿餅は、見た目も本物の干し柿とそっくりで、インパクトがあります。花びら餅は、京都でお正月にだけいただく伝統の御菓子の一つだそうで、白味噌のあんをゴボウと共に求肥(ぎゅうひ)で包んであり、12月~翌年1月の期間限定とのこと。甘春堂の創業は1865年ですが、家歴は、遠く方広寺大仏造営に遡るとのことです!ホテルに戻り、お茶で頂きました。


夜はホテル近くの居酒屋「にこみや岳」です。開業以来継ぎ足しているという出汁のもつ煮込やおでん、おいしかったので、目の前のオススメメニューを色々頂きました。お酒は、蒼空(伏見の藤岡酒造)と玉川(丹後の木下酒造)です。気楽に入れる良い店でした。






牛すじコロッケ
