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霧多布~野付半島~紋別・北見

<一日目> 

9月に入っても異常な暑さが続きますので、北海道に涼みに行ってみます。まず釧路に降りましたが、意外と涼しくは無く、微妙です。初めは厚岸。厚岸大橋を渡り、愛冠岬に向かいます。愛冠岬の先端には、「愛の鐘ベルアーチ』」があります。想いをかなえる鐘とのこと。ここから遠くには、小島、大黒島が見えます。

 厚岸の東側にあるピリカウタ展望台からは、昆布漁時期の早朝、一斉に漁場へ向かう400余隻の漁船がみえるそうですが、今は見えませんね。

 琵琶瀬展望台に立ち寄ります。ここは琵琶瀬湾と霧多布湿原に挟まれた高台で、両方がよく見えます。

 昼食は霧多布の中心地にある「善」で、霧多布昆布をつなぎにつかっているという「善そば」を頂きます。壁にはモンキーパンチの色紙、ルパン三世Payのポスターが。この浜中町がモンキーパンチの故郷ということを初めて知りました。

 善を出て、街をぶらつくと、他にもりルパン三世に因んだお店があります。浜中町は、これで街おこしをしているようです。

 霧多布岬展望台に向かいます。途中、昆布の故郷というだけあって、至る所で昆布を乾しています。霧多布岬展望台の下は断崖です。遠くには灯台が見えます。

 展望台から、灯台の方に車で向かいます。駐車場からは少し歩きます。灯台への道は、新日本歩く道紀行に選ばれています。確かに両側が断崖、絶景で、今日は風が心地よいです。ところで霧多布岬は、正式には湯沸岬(とうふつみさき)というそうです。この灯台は「恋する灯台」に認定されています。灯台の先にも、道があり最先端まで歩けます。途中の断崖から、ラッコが小さく見えます。

 霧多布岬の反対側に、琵琶瀬湾に突き出たアゼチの岬があります。夏の昆布漁が盛んな時期には、この海峡で、早朝に競い合う昆布船の出漁風景を見ることができるそうです。

 湿原の一本道を通り、霧多布湿原センターに向かいます。この湿原は霧多布の町に隣接しており、確かに人の暮らしや、漁業、農業に密着しています。展望台で休憩した後で、センターのそばに、観察用の木道がありますので散策してみます。時期的に蚊が多い!

 途中、茶内駅の前を通ると、ルパン三世の看板が見えましたので、立ち寄ることとします。浜中町はどこでもルパン三世と仲間たちに会えますね。

 宿泊先の標津に行く途中、毎日飲んでいる「別海牛乳」の生産現場を通って行くこととします。牧場の真ん中に、新酪農村展望台があり、登ってみます。高さは10Mですが、吹きさらしなので、高所恐怖症の私は、足が竦みます。

 今日の宿泊先は、標津の国道沿いにある、標津川温泉ぷるけの館ホテル川畑です。弱アルカリの源泉がホテルの駐車場から出ており、意外とお風呂は良かったです。夕食は近くの「武田」で標津前浜定食を頂きました。材料は、この辺りのものとのこと。品数が多く、満腹です。

<二日目>

 朝食前に、標津の町の散策です。狭い町ですので、30分程で一回りできます。

 今回の旅行のメインは野付半島です。今年3月19日に「氷下待ち網漁 の科学」と目がテンで放映していましたので、実際を見に行くこととしました。冬はさすがに厳しいので、今の時期としました。日本一の砂嘴を20㎞ほど、野付崎灯台に向かって走ります。両側は海です。周囲は湿原です。

 灯台から、ネイチャーセンターに戻ります。ここから、トドワラ(海水に浸食され立ち枯れたトドマツが藁状になったもの)に向け、20分程湿原を歩きます。途中、トラクターに抜かれます。乗った方が良かったか?海岸まで行き、元の道を引き返します。

 一時間ほど歩きましたので、ネイチャーセンターで別海の牛乳を使ったソフトクリームを食べ、一休みします。ここから、国後島は16㎞ほどです。中間の8㎞まで観光船は行くようです。途中、ナラワラ(海水に浸食され立ち枯れたナラが藁状になったもの)エリアも見学しました。

 ここから一挙に、紋別を目指します。昼食はシャリ町「里味」でつぶとエビのかき揚げそばを頂きました。

 昨年、網走監獄を見学しましたが、肝心の網走駅の看板を撮っていなかったので、途中立ち寄ります。

 網走、能取瑚はサンゴ草が最盛期です。サンゴ草は葉のない1年草で、秋になると赤く色を変えてゆき、深紅の絨毯のようになるようです。本土にはなく、オホーツク沿岸で見られるようです。

 網走から、1時間ほどでサロマ湖です。サロマ湖を一望できる幌岩山にあるサロマ湖展望台に向かいます。途中断崖の砂利道を15分程上りますが、道があっているのか不安になります。しばらくすると道が急に開け、サロマ湖展望台に到着します。ここからはサロマ湖が一望でき、パノラマを堪能できます。

 サロマ湖には、もう一つピラオロ展望台がありますので、途中寄ってみます。湖畔からサロマ湖を見渡せる場所です。昔、アイヌの人々がここから魚群の見張りをしていたと伝えられています。

 サロマ湖とオホーツク海を隔てる長大な砂州の人工的に開いた湖口に龍宮台展望台があります。北の方向にはは果てしなく広がる海、南はサロマ湖が一望できます。

 紋別の市街に入る前に、コムケ湖の国際キャンプ場に立ち寄ってみます。夕暮れの湖畔は鏡のように反射し、幻想的です。ところが、途中の道は、草木が散ったり木が折れたりで、竜巻があったような風景です。

 夕食は、紋別の飲食店街であるはまなす通りを散策し、通りの西の端にある「廬」で頂くこととしました。私たちの後からお店に入ってきた客は、その日強風で、帯広まで帰れなかったとのこと。北海道の西側の地域は、かなり風雨が強かったようです。JRも乱れていました。

<三日目>

 朝食前に、ホテル周辺を散歩します。中心地は狭いので30分程です。ここから紋別港がよく見えますが、流氷期は、この窓から、接岸した流氷が見えるようです。

 ホテルの窓からほたて工場が眼下に見えますので、行ってみました。貝柱をむかれたホタテが、ベルトコンベアでドンドン流れてきます。

 紋別市は流氷研究国際都市を宣言しています。その中心が、オホーツク流氷科学センターです。センターは、9時からですので、それまでその前のカリヨン広場をぶらり。はまなすが咲いています。時間になりましたので、入場します。防寒着を着て、流氷水族館、-20度の体験です。大げさでは無く、防寒着を着ても超寒いです。流氷水族館は、氷の中に様々な魚がいて、滅多に見ない面白い展示です。

 次は、海岸の向こう側にある氷海展望塔オホーツクタワーに向かいます。タワーへは、長い第三防波堤を歩いて行きます。オホーツクタワーの下7.5mは、魚の展示と海中の観察ができます。チョウザメの餌付けができますが、以外と凶暴で、油断すると指が嚙まれそうです。3階は展望カフェで、流氷期は一面流氷になるようです。

 紋別市ではアラスカの油田開発用に試験的に作られた砕氷船を「ガリンコ号」と名付け、流氷時観光船として利用しています。今は、オホーツク海洋交流館の岸壁に接岸したままです。

 北見の手前、道の駅「おんねゆ温泉」で昼食を、と考えていましたが、ここにはレストランがありません。敷地に併設されている「からくり王国」で、しろタマネギを買いました。この品種は、少量しか生産していないようで、地元以外では手に入らないとのことです。

 昼食は、道の駅で頂くことが出来なかったので、北見市に向かいます。14時も過ぎていますので、結局北見のイオンで取ることになりました。

 昼食後、北見ハッカ記念館に向かいます。記念館は各種の展示、実際の蒸留実演は奥の薄荷蒸留館で行っています。半日蒸留して、とれる薄荷油はごくわずかです。運良く、蒸留桶の内部を見ることが出来ました。薄荷のいい香りがします。ここで取れた「取卸油」を買いました。

 ハッカ記念館の近くにあるピアソン記念館を訪れます。ピアソンは1888年に来日し、1914年からここで宣教活動をし、1928年にアメリカに帰国しました。その間、開拓者と交流し、様々な社会を活動したとのことです。この建物は、北海道遺産に選定されています。

 夕食までは時間がありますので、北網圏北見文化センターを見学します。北見の歴史や開拓の様子などを知ることが出来ます。

 「焼肉といえば北見でしょ焼き」のキャッチーフレーズに誘われ、空港に近い「やきにくや」に行ってみました。大正解、おいしくて、リーズナブルな価格。迫田和牛のハラミは最高。行って良かった!

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十勝~富良野~増毛

<一日目>

 全国的に高温状態が続きます。涼しさを求め、今回は北海道へ。最初は、何かと話題の夕張に向かいます。夕張といえばメロンですが、まずは高倉健主演の「幸福の黄色いハンカチ」思い出ひろばに行ってみます。駐車場には大きな看板が。ひろばには映画の炭鉱住宅が再現されています。中には来場者のメッセージが貼られているコーナがありますので、私もメッセージを書いて、貼ってみました。懐かしい気がしますので、また映画を見たくなりますね。

 「夕張は石炭の発見から始まった」と市のパンフレットにありますので、次は石炭博物館を見学します。博物館には炭鉱や街の歴史、採掘現場の移り変わりがわかりやすく展示されています。特にユニークなのは、所々にあるパンチの効いたテロップです。「全国最高の市民負担、全国最低の行政サービス」とか。外の展示は、残念ながら火災により復旧工事中でした。

 夕張の最後は、シューバロダムです。渇水期は、ダムの湖底に沈んだ町並みが見られるとのことですが、今日は、満水に近いので、見ることは出来ません。ダムの近くにある夕張川ダム総合管理事務所には、ダムに関連する展示があります。

 お昼時なので、夕張市のガイドブックに載っている「くるみ食堂」に立ち寄ります。ご夫婦が、2021年にクラウドファンディングで、立ち上げたそうです。国道からは少し離れた場所にあり、周辺の人がお客さんと思います。豚丼と地元野菜のペペロンチーノを頂きました。おいしかったです。

 昼食後は、占冠の赤岩青巌峡に行こうと思います。途中、道の駅 「自然体感しむかっぷ」に立ち寄ります。地元で作った鹿と熊の缶詰を売っていました。道路状況を聞くと、大雨のため交通止め、但し赤岩青巌峡までは行けるとののことなので、行ってみることに。赤岩トンネルに入ったところ、天井から滝のような水、前が見えません。崩落するかも!という恐怖から、慌ててUターンし、戻りました。交通止めにしないのかしら?

 占冠から、清水町にある、十勝平野を見渡せる清水丸山展望台に向かいます。途中、千年の森に立ち寄ります。ここの広さは400haもあるそうなので、見学する時間はありません。入場口まで行き、引き返しました。

 目的地の、清水丸山展望台に向かいます。途中の道にゲートがあり、行き止まりかなと思いましたが、牛の逃走防止用とのこと。開けて、閉めます。全部で3カ所あります。展望台は名前の通り丸い山の上にありますので360度見渡せます。ここは穴場と言われていますが、確かに誰もいませんでした。

 最後は、十勝牧場の白樺並木の見学です。途中、至る所に小麦畑が広がっています。もうすぐ収穫と思い並木は並木は、家畜改良センターの隣にあります。但し砂利道なので、車が通るとしばらく砂埃が舞っています。写真撮影はしばらくたって、空気が透明になってからです。見学は、これで終了し、ホテルに向かいます。

 夕食場所を探しに、ホテルを出たところで、輓馬が曳く「馬車BAR」に遭遇。しばらく歩いて、はげ天に入りました。銀座ハゲ天とは関係ないようです。十勝の料理ということで、豚丼、地場野菜の天ぷらとサラダなどを頂きました。帰りに、帯広駅を見学し、今日は終了。

<二日目>

 今日も最初は、健さんからです。南富良野町にある「鉄道員ぽっぽや」の映画セットがある幾寅(いくとら)駅に行きます。駅舎はロケのセットがそのまま残っています。残念ながら、この幾寅駅も、根室線の一部廃線に伴い、本当に廃止となったようです。駅前には、だるま食堂やひらた理容店など映画のセットがまだ残っています。

 次は、ダム湖100選に選ばれている「かなやま湖」に向かいます。湖を横切る鹿越大橋を渡り、かなやま湖畔を散策します。ここもラベンダーが丁度見頃です。この辺りは、キャンプ場やオートキャンプ場となっています。

 富良野市に入り、「布部駅」には倉本聰直筆の看板があります。「北の国 此処に始る」とありますが、今回は北の国からの関係施設には立ち寄らない予定です。

 ファーム富田は、中富良野町にあります。ファームのラベンダーやポピーは丁度、満開です。皆さん驚きますが、入園料も駐車場も無料です。有料でもおかしくないと思うのですが、どうやって維持していけるのか、不思議です。途中、名物の、ラベンダーアイスを頂きました。

 昼食はどこも混んでいますので、近くの町営の「なかふらのフラワーパーク」の「きらら」で野菜カレーを頂きました。2階が食堂になっていますが、クーラーがないので、とても蒸し暑いです。窓から、町営ラベンダー園が見えるので、食事後行ってみることにします。

 この町営ラベンダー園も、入園や駐車場は無料です。ここもラベンダーが美しいですね。冬は町営のスキー場になるようで、山の頂までリフトがあります。もちろんこれは有料。頂からは富良野が一望できます。

 富良野エリアの最後は、富良野岳の麓にある原始の泉です。思っていたよりは規模は小さめです。但し、湧き出る水はとても冷たい。富良野は、南富良野町、富良野市、中富良野町、上富良野町の4市町村から構成されているようで、ややこしいですね。夕方近くなってきましたので、宿泊先の旭川に向かいます。途中、東川町に寄ってみます。この町は、先週、7月8日(土)のアド街で、写真と水と町として紹介されていました。

 東川に行く道も一直線です。北海道はこういう景色が多いですね。東川では、道の駅「道草館」に立ち寄り、ビーツとドライトマトを買いました。町を少し散策しましたが、ふと見上げ温度計を見ると23度。爽やかですね。

 夕食の場所を探します。良さそうな店は、皆満席です。しばらく歩くと、入りにくそうな店がありました。入ってみると、ご主人がお一人、お客さんはゼロ。やっているのか伺ったところ、開店中とのことなので入ってみました。焼き魚とゴーヤチャンプルを頂きました。おいしくボリュームもありました。ご主人との話の中で、「東川」のアド街も見ていたそうです。途中、ご主人の同級生の女性が入ってこられ、ご主人のプライベートの話で盛り上がりました。

 旭川に来たからには、締めのラーメンは欠かせませんね。ホテルに帰る途中「味特」に立ち寄り、醤油ラーメンを頂きました。おいしかったのですが、お腹はパンパン。今日はこれで終了です。

 

<三日目>

 今回宿泊したJRイン旭川は、下がイオンで、駅に直結しています。そのためホテルの窓からは、列車がよく見えます。今日は、北海道の西海岸、留萌、増毛に行って、千歳に戻ることとします。

 留萌は、黄金(おうごん)岬から。市のHPには、「かつてニシンの見張り台でもあった岬は、夕陽に映し出された群来(ニシンの群)がきらきらと黄金色に輝きながら岸をめがけて押し寄せたことから「黄金岬」と呼ばれるようになった」とあります。ここの夕日は日本一だそうです。

 岬を望む高台にある「海のふるさと館」に行ってみます。一階は、留萌の自然、
歴史、文化の展示と、留萌市出身で、映画音楽の巨匠・佐藤勝の特別展示室となっています。二階は展望施設です。

 留萌の最後は、千望台に行き、港や市街地を一望しました。夜は、夜景がきれいでしょうね。千望台には、ログハウス風の休憩施設がありますが、当日は営業していませんでした。気のせいか、町の密度は薄い気がします。次は、増毛に向かいます。

 昼食時ですので、増毛では最初に「まつくら」に向かいます。店の看板メニューの、特上生ちらしにしました。メニューを見ると、プラス1,200円で名物の「ジャンボ」に出来ますが、それも行けそうなかなと思います。

 食事後、駅の駐車場に車を止めます。増毛の駅は、廃線後復元整備され、町の交流拠点になっているようです。駅の反対側には、旧富田屋旅館(写真左)や旧多田商店(写真右 現在観光案内所)があり、一帯レトロ感満載です。後から知ったのですが、増毛は高倉健の「駅STATION」の舞台となっています。北海道はどこへ行っても健さんですね。

 増毛の町には、他にも旧家が多く残っています。小樽よりありそうです。重要文化財として公開されている「旧商家丸一本間家」を見学します。一階正面は呉服屋、二階は倉庫となっています。ここも、高倉健の「駅STATION」で使われています。展示室で知ったのですが、次に行く国稀(くにまれ)酒造は、この家の醸造蔵がスタートです。

 本間家が創業した酒蔵、国稀は、本間家から100m位の所にあります。店の奥では試飲が行われていまが、運転しているので、飲めません。全く残念です。店内で、特別純米酒「みずおと」を買いました。

 増毛の最後は、増毛の総鎮守、厳島神社への参拝です。拝殿の天井は、花鳥風月や雲龍の絵で飾られています。拝殿正面の本殿は宮大工が2年かけ総欅造りで細工が有名とのことですが、近くに行かないと分からないですね。

 この辺りの国道は、日本海オロロンラインと呼ばれているようです。海岸沿いの道でトンネルが続きますが、道が出来る前は、一帯、陸の孤島だったようです。途中の雄冬岬には、白銀の滝がありますので、降りてみます。滝の水は、海に直接入っていきます。

 道の駅、石狩「あいろーど厚田」で一休みです。どら焼きとオリジナルブレンドのコーヒーを頂きました。道の駅の隣は厚田公園となっており、そこの展望台は、北海道で最初に「恋人の聖地」と認定されたとのことなので、行ってみることにします。

 展望台へは、長く急な階段を10分ほど登る必要があります。裏手はスキー場のようで、リフトがあります(今は壊れている)。本来は、それでここに来るはずではないでしょうか。展望台には「誓いの鐘」というベルや、恋人たちが固く結ばれることを願って南京錠を取り付けるフェンスが設置されています。南京錠は道の駅の売店でも販売しているようです。

 今回の旅行の最後は、石狩市のはまなすの丘公園です。石狩灯台の先の湿地に木道が整備され、自生しているはまなすを間近で見ることが出来ます。この灯台は、1957年松竹映画「喜びも悲しみも幾年月」の舞台となったとのことです。残念ながら、時期的に、花の盛りは過ぎているようで、一面のはまなす、とはなりませんでした。多くは花が散り、実がなっています。夕方も近づいてきましたので、千歳空港に戻ることとします。

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四国遍路(高松~松山)

<一日目> 

今回は、香川、愛媛を旅します。これまで気にもとめていなかった四国遍路、今回は、お参りしたいと思います。高松空港から栗林公園への途中に、83番一宮寺が有りますので、早速参拝します。西門から手水舎を通ると、本堂があります。お参りの後、脇の納札入に納め札をお納めします。本堂のそばに、薬師如来の小さな祠があります。これは「地獄の釜」と呼ばれ、悪いことをする人が、祠に頭を入れると頭が抜けなくなるいう言い伝えがあるそうです。

 栗林公園に到着しました。南庭回遊コースと、北庭回遊ーコースが有り、それぞれ1時間程とのこと。今回は南コースとしました。公園の松は300年間手入れされてきたとのことで、どれも盆栽のように枝がくねくねしています。30分程お庭を回遊した後、掬月亭(きくげつてい)で一服することとします。

 入り口で、入亭料を払い、中で、抹茶とお菓子を頂きます。その後、掬月亭一ノ間を見学しますが、そこから眺める庭園は絶景です。湖畔を渡った5月のそよ風が、気持ちよく、ず~と畳に寝そべっていました。ふと見ると、天井に池のさざ波の光が反射しています。いつまでもは居られないので、泣く泣く亭を出ました。

 回遊も終盤となり、掬月亭を横に見ながら、ビューポイントである、飛来峰、芙蓉峰に登ります。南湖と北湖の間には、和船の乗り場があります。

 次は、高さ日本一の石垣を有する丸亀城です。高いだけあって、坂は急で長い。この坂は、見返り坂と呼ばれていますが、急なので、時々立ち止まって振り返りたくため、そう言われてるそうです。その石垣に鎮座する天守は、現存十二天守の一つです。天守からは、丸亀市内が良く見えます。

 お昼時ですので、道の途中にある「こがね製麺所」で、温玉ぶっかけ「中」とたこの天ぷらを頂きました。「中」はうどん2玉の意味とは、うどんが出てから分かりました。多かった!

 昼食後、次は、こんぴらさんに向かいます。駐車場は、あまり考えず、琴電琴平駅の近くにしてしまいました。参道まで、少し歩きます。参道1段目から、大門までは土産物屋が左右に続きます。大門で365段目、そこからは境内になります。飴を売っている五人百姓を通り、桜馬場西詰銅鳥居(431段)まで行きます。ここでちょっと休憩。

 ここでようやく半分になります。桜馬場西詰銅鳥居のそばには、今治造船所が奉納した巨大なプロペラがあります。そこから階段を登った先に、書院があります。丁度若冲の絵の特別展がされていました。旭社の手前の階段で、上りと下りが分かれますので、右側を登ります。さて、いよいよ御前四段坂が最後の階段です。御本宮へは、785段でした。

 日も大分傾いてきましたので、フォトジェニックなエリア(琴弾公園、父母ヶ浜)に向かいます。途中、68番神恵院、69番観音寺に参拝します。ここは、四国で唯一境内に二つの寺院があることで有名です。

 名勝・琴弾(ことひき)公園に車を止め、銭形展望台に行くこととします。急な山道を、15分程登ります。今日はこれで、3回目のクライミングです。今日は良く登ったので、明日しんどいかも。展望台からは、銭形の東西122m、南北90m、周囲345mもある巨大な砂絵が見えます。これを見れば健康で長生きし、お金に不自由しないといわれていますが、本当かな?

 最後は、ウユニ塩湖のような天空の鏡で有名な父母ヶ浜(ちちぶがはま)に行ってみます。たまたま今は、風がなく、干潮で、べストタイミングです。大勢、砂浜にでて、砂浜に現れている水たまり(潮溜り)で撮影をしていました。

 今日の宿は、リーガロイヤル新居浜です。夕食は、昼のうどんの量が多く、炭水化物はとりたくない感じなので、ホテルのそばのビッグボーイで、ステーキとしました。今日はこれで終了。

<二日目>

 新居浜に来ていますので、住友のルーツ、別子銅山採掘場跡を訪れることとします。山に入ると道はどんどん急になり、最後は車のすれ違いができない道を、15分ほど上り、東洋のマチュピチュと言われる東平(とうなる)地区に到着します。資料館やマイン工房は10時からなので、人は居ません。さっそく、展望台に上り産業遺産を見学します。本当にマチュピチュに見えますね。遠くには新居浜市街、瀬戸内海も見えます。

 帰る途中、道の駅「マイントピア別子」に立ち寄りました。ここには、鉱山鉄道や観光坑道があります。入場券を買って、時速10㎞の鉱山鉄道に5分程乗車し、観光坑道に向かいます。

 観光坑道は、全長333mあるとのこと。坑道の中には、昔の採掘風景のジオラマや、体験ゾーンがあります。坑道内はひんやりしています。

 鉱山見学のあと、道の駅に隣接している「旧端出場(はでば)水力発電所」を見学しました。この発電所は1897年から1970年まで稼働していました。最盛期は、ここから精錬工場のあった瀬戸内海の四阪島まで送電していたそうです。

 山での観光はこれで切り上げ、しまなみ海道に向かいます。お昼近くになりましたので、途中、今治の「CALULU」で、バーガーセットを頂きました。お店の雰囲気は、南国調です。

 しまなみ海道では、まず、来島海峡大橋で大島に渡り、隈研吾設計の亀老山展望台に行くこととします。そこからは、来島海峡大橋や対岸の今治市街がよく見えます。ここの藻塩ジェラートは有名なので頂いてみました。ちょっとしょっぱいです。汗をかく夏はいいかもしれません。

 次は、大島の対岸にある村上海賊ミュージアムに行きます。玄関には、村上水軍が、かつて使った機動力が高い小型船「小早船」が復元展示されています。館内は島の地理、海賊の活躍・歴史が常設展示されています。展望デッキからは、村上海賊の本拠地「能島」がよく見えます。本当に小さな島です。

 能島をよく見るため、近くのカレイ山展望台に向かいます。展望台からは、伯方・大島大橋、伯方島、鵜島、能島が見下ろせます。

 最後は、伯方・大島大橋、大三島橋を通り大三島に渡り、伊予国一宮の大山祇(おおやまづみ)神社に参拝します。三島神社や大山祇神社の総本社であり、日本総鎮守、山の神・海の神・戦いの神です。ここは奈良時代、778年(宝亀九年)勧進ということでとても由緒があり、境内には、樹齢2600年の楠の御神木も鎮座しています。

 夕食は、松山市、五志喜に入りました。媛会食と松山鯛飯セット、お酒は雪雀を頂きました。媛会食は、宇和島鯛めし、ミニ五色そうめん、今治せんざんき、じゃこ天、釜揚げちりめんサラダ、ふくめん、天婦羅、緋のかぶら漬け、みかんいなり、と、愛媛がつまっているとのこと。店の隣は郵便局ですが、ポストの上には明日行く予定の松山城が乗っていました。

 今日の宿は八千代です。部屋には源泉使用の温泉露天風呂が付いています。部屋は、和室・食事処・寝室の3間があり、とても贅沢な造りとなっています。今晩は、のんびりします。

<三日目>

 朝食前に、道後温泉の町を散歩します。ハイカラ通りに行ってみますが、朝なのでどこも閉まっています。道後温泉駅を経由して、湯神社を参拝します。高台にある神社からは、道後温泉本館の工事風景がよく見えます。道後温泉椿の湯、道後温泉別館飛鳥の前を通って帰ります。

 松山城に行く前に、道後温泉にある51番石手寺を参拝します。ここにはたくさんのパワースプットがあります。まずは仁王門の大きなわらじ。お賽銭のお金が沢山埋め込まれていますが、このわらじを触った手で、身体の悪い部分を触ると治るとか。本堂左側には、元気再生石と罪障消滅・再生くぐり輪があります。その先には、160mもあるマントラ洞窟があり、薄暗く、ひんやりとした空気の中で、密教の世界を体感できます。更には、四国八十八霊場お砂なでがあり、撫でると全ての霊場を巡るのと同じご利益があるそうです。参道には、正岡子規の句碑がありますが、市内には子規の句碑は100カ所ほどもあるようです。

 いよいよ松山城です。下からは、ロープウェイとリフトが併走していますが、今日は天気が良いので、リフトに乗り、天守を目指します。本丸の最初の戸無門には当初から門が無く、次の筒井門に誘うために設置されたと言われてます。

 天守まで、多くの門を通り、いよいよ内部に入ります。内部には、武具や歴史の資料が展示されていますが、ここは火縄銃や日本刀、甲冑のレプリカが有り、実際触って重さを体感することができます。天守からは、瀬戸内海がよく見えます。

 リフトに乗って、下に戻ります。ロープウェイ駅のある通りには、土産物屋が多くありますが、えひめ観光物産館では、100円で「蛇口からみかんジュース」を体験し、山田屋まんじゅう店では、二個おまんじゅうを買ったところ、お茶も頂きました。

 次は、今、旬な、大洲を散策します。オランダの非営利団体「グリーン・デスティネーションズ」は、世界100の都市を「持続可能な観光地」として毎年、発表していまが、大洲市は「文化・伝統保全」の部門で、今年、1位を受賞しています。大洲市の、城下町の歴史を生かしつつ観光客を誘致する点が評価されたようです。松山からは、車で1時間ほどで、大洲総合案内所の駐車場に到着です。今日は暑く、30度を超えています。お昼時ですので、案内所に隣接してる「分油屋」で豚肉が入った栗ご飯「とんくりまぶし」とお酒「鵜州」(養老大洲市大洲市)を頂きました。ダシをかけてお茶漬けにしても頂きました。

 ここは城下町ですので、早速、大洲城の見学です。狭い町ですので、徒歩10分程で到着します。天守は、2004年に復元工事が完成しています。眼下には、肱川(ひじかわ)が流れています。

 次は、街の反対側にある臥龍山荘に向かいます。途中、今回の賞で評価された、「市内に点在する古民家を、昔ながらの外観を生かしつつホテルに改装」の実際や、保全された町並みを見ていきます。

 臥龍山荘は、元々は大洲藩の遊勝地でした。2011年には、ミシュラン・グリーンガイド・ジャポンで一つ星となっています。そこに建つ臥龍院は、桂離宮や修学院離宮を参考に造られたとされおり、京都の雰囲気があります。

 帰りの時間も近づいてきましたので、そばの臥龍茶屋で、抹茶セットで一服。その後、松山空港に向かいます。

(おまけ)愛媛空港のJALサクララウンジには、なんと、山田屋のまんじゅうと、「蛇口からみかんジュース」がありました!これが愛媛の象徴?

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野島崎(のじまざき)

 今日は、HISバスツアーで千葉県最南端、野島埼に行ってみます。野島崎は、国土地理院の表記で、海上保安庁では「野島埼(のじまさき)」です。難しい!午後から晴れるとのことですが、雨はざんざん降りです。連休明けで道は空いており、東京駅を出発し、40分程で海ほたるに到着しました。駐車場の窓から見ると、海は大荒れです。

 1時間半ほどで、野島崎に到着しました。雨は、ほぼ止んでいます。まずは野島埼灯台を目指します。この灯台は、1869年(明治2年)に、日本で最初に点灯した対岸の観音埼灯台に呼応して、2番目に点灯したとのことです。道が三叉路になっていますので、中央を進み、灯台に向かいます。入口で入場券を買います。

 階段は77段、その後急なはしごのような細い階段を登り、展望デッキに出ます。そこからは360度の風景です。荒い波が見えます。

 帰りは、厳島神社を通って、遊歩道に行くことにします。厳島神社の御祭神は天照大御神が生んだ三柱の女神で、海上の守護神です。拝殿の脇には「平和の愛鍵」という、恋と子宝に恵まれる祠があります。

 遊歩道の入口には、伊弉諾尊と伊弉册尊をお祀りする三峯神社の、鳥居と祠があります。遊歩道をしばらく歩きましたが、集合時間になりましたので戻ります。

 次は、おまちかね「とみうらマート」でビワの食べ放題です。20個ほど頂きました。普段は食べないので、一生分かな?産地でも贈答用のビワは高価ですね。

 ビワに食べ飽きた後は、隣にある道の駅「枇杷倶楽部」で買い物です。地元も食材をいろいろ買いました。ここには、日本テレビのアナウンサーも来たようです。

 今日の昼食は、「浜焼市場きよっぱち」で、お刺身と浜焼きの食べ放題です。今日は空いていましたので、牡蛎の殻むきはお店の方にお願いできました。刺身類は、ご飯にのせ海鮮丼も造ります。お酒も頂きます。あっという間の1時間でした。

 昼食後は、亀岩の洞窟を見学します。洞窟を見下ろす場所に、幸運の鐘がありましたので鳴らしてみます。川に降りるとそばに亀岩の洞窟がありますが、今日は昨日からの雨で濁流となっています。3月、9月の早朝、洞窟の向こうから日が差し込みハートに見えるそうです。

 帰路は、三井アウトレットパーク木更津に2時間滞在しました。アクアラインでバスの車窓から海を見ると、朝とは違い穏やかになっています。

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国内旅行

伊勢神宮

<一日目>

 先月、東国三社を参拝しましたので、今回はいよいよ伊勢神宮です。今回のツアーは、朝10時30分新幹線乗車、豊橋でバスに乗り換え、伊勢神宮(外宮)到着は15時30分というものです。慣例通り、外宮(豊受大神宮)からの参拝となっています。最初に、表参道の衛士見張所で、案内図を頂きます。

 外宮は、左側通行です(内宮は反対)。表参道火除橋を渡り、手水舎で心身を清めます。一の鳥居をくぐり、表参道をしばらく歩くと、二ノ鳥居があり、この先に正宮(しょうぐう)があります。神聖な雰囲気です。

 正宮の右側(東側)には古殿地(20年に一度の式年遷宮の予定地)があります。2013年に遷宮が行われていますので、10年後はこちらに正宮があるはずです。正宮にいらっしゃるのは、天照大御神のお食事を司る豊受大御神です。内宮創建の500年後にいらっしゃいました。

 宮域内には、正宮の次に格の高い別宮である、多賀宮・土宮・風宮があります。なかでも、豊受大御神の荒御魂(神の荒々しい側面)を祀る多賀宮は、正宮に注ぐ大きさです。三ツ石(御装束神宝などを祓い清める「川原大祓」が行われる場所)の前を通り、亀石を渡り、長い石段の先に多賀宮があります。三ツ石はパワースポットと考える人もいて、手をかざす人がいました。神宮のHPには、遠慮してと書かれているのに。

 多賀宮の近くには下御井神社が有ります。内部に、井戸があるそうです。参拝後、石段を下ると、右側に風宮、左側に土宮があり、いずれにも古殿地が有ります。風宮は、風雨の災害が無いようにと祈りが捧げられるお社ですが、、蒙古襲来の際、ご神威によって猛風が起り、未曽有の国難をお救いになったとのことです。

 戻る際、参道を左に折れると、裏参道(元の参道)が有ります。

 表参道に戻ります。表参道手水舎の向かいに、清盛楠があります。平清盛が勅使として参向した時、冠にふれた枝を切らせたという伝承があるそうです。火除橋のそばには、休憩所があり、そこからは、勾玉池がよく見えます。

 外宮参拝後、早いですが、夕食会場に向かいます。鳥羽の長門館で、名物の「てっぱり料理」を頂きます。牡蛎、ハマグリ、ホタテ、イカなどを網で焼いて頂きます。てっぱりの意味は、「形が大きくてボリュームがある」ということのようです。

 今日の宿泊先は、志摩スペイン村です。オフシーズンのため宿泊者はそれほど多くないようです。全体は、スペインぽいです。広々としています。

<二日目>

 今日は伊勢神宮の内宮(皇大神宮)に参拝します。その前に、ホテルの温泉(ひまわりの湯、pH8.6、露天風呂からは、伊雑の浦を一望)に入り、体を清めます。その後は、ホテル周辺を散歩します。

 バスは8時出発。30分程で伊勢神宮(内宮)に到着します。五十鈴川に掛かる宇治橋(長さ100m)を渡ります。しばらく参道を歩くと、手水舎です。

 手水舎で手を清め、参道を進みます。左手に、五十鈴川御手洗場が見えてきます。川に手を浸けましたが、意外と冷たい。御手洗場の近くには、五十鈴川の守り神である瀧祭神が、祀られています。参道を進みます。

 しばらく歩くと、内宮神楽殿があります。左側がお神札授与所、右側が神楽殿(ご祈祷の神楽を行う)となっています。

 参道を進み、ようやく正宮に着きます。手前の階段を上り、天照大御神に参拝します。出口は別にあります。外宮の古殿地は見ることができましたが、内宮では古殿地方向に塀があり窺えません。階段を下った先は立入り禁止となっています。

 内宮でも、天照大御神の荒御魂を祀る荒祭宮は別宮となっています。個人的なお願いは、こちらでするように、添乗員さんに言われました。

 内宮にも、風の神を祀る別宮、風日祈宮(かざひのみのみや)があります。神楽殿の前で参道を抜け、五十鈴川の支流である島路川を渡った先にあります。外宮の風宮と同様に、ここの神様も「神風」を吹かせとのことです。

 帰路の途中には、御厩(みうまや)と参集殿(休憩所)があります。今日は、神馬に会えました。

 宇治橋の近くには、大山祇(おおやまつみ)神社と、子安神社があります。前者は、内宮の所在する神路山の入口の守護神である大山祇神をお祀りし、後者は、大山祇神の娘神である木華開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)をお祀りし、安産、子授けの神として崇敬されています。道の先には、神社司庁の建物がありました。

 参拝も終了し、おはらい町通りへ向かいます。残りは1時間弱です。まず、「くみひも平田」で組紐を買い、赤福本店で、五十鈴川を眺めながら、赤福を頂きました。一服した後、おかげ横町に入り、「ふくすけ」で伊勢うどんを頂きます。最後は、「伊勢萬(内宮前酒造場)」でお酒を買って、集合場所に戻りました。

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国内旅行

沖縄(座喜味城、今帰仁城、中城城、首里城)

 

<一日目>

 旅行支援を利用して、沖縄へ行くこととします。季節はまだ早春なので、お城メインに行きたいと思います。とは言え、まずは22年9月にオープンしたばかりの金武(きん)サンライズビーチに行ってみます。ガイドブックには「異国情緒ある町並み」と有りましたが、シャッターは閉まっています。ビーチも閉鎖されています。時期はまだのようです。

 近くの、道の駅「ぎのざ」に寄ってみます。沖縄本島東海岸唯一の道の駅だそうです。2003年から宜野座で阪神タイガースが春季キャンプを行っているということで、観光情報センターはタイガース一色です。隣の特産品加工直売センターではバナナやマンゴー等の特産品を販売していました。後から気がつきましたが、ここは観光地ではないので、価格は一番安いと思います。

 西海岸に抜けます。車で30分程です。万座辺りのビーチは、ほとんどがホテルのプライベートビーチになっている感じです。

 昼食は、シーサイドドライブインでステーキセット頂きました。2,200円でしたが意外とボリュームがあります。1967年に沖縄で最初にできたドライブインだそうです。

 昼食後は、そばの「おんなの駅」に立ち寄り、まるい珈琲で、コーヒーとアガラサー(蒸しパン)を頂きました。道の駅の隣は、墓地です。お墓は、非常に大きく感じます。これは、沖縄では、風葬の文化から来るようです。風葬とは、遺体の周りを石で囲って風化させる埋葬方法とのことです。風化で骨になったら、遺骨を洗浄して骨壺に入れ、それを再び石室に納骨するのが習わしだったようです。

 次は、真栄田(まえだ)岬に向かいます。東シナ海を一望できます。ダイビングとシュノーケルのスポットで、世界中からダイバーが来るらしいです。当日は風が強く波が荒れていたため、遊泳は禁止されていました。2月~3月末は、岬沖合にザトウクジラが現れるとのことですが、残念ながら見えませんでした。

 次は、残波岬に向かいます。サンセットスポットとして有名ですが、残念ながら、まだ日は高いです。風が強く、ここも、波が高いです。灯台の近くには、球王朝時代、初の進貢使として、初めて中国へ派遣された「泰期」の銅像があります。断崖の反対側は、風もなく、波は穏やかです。かつての石切場やビーチがあります。

 座喜味城に行きます。沖縄のお城は初見です。石造りが独特です。石組は、主に布積で、すきまなくきっちりなされています。120mの高台にありますので、ここから海岸が良く見えます。ここは、戦中は日本軍の高射砲基地、戦後は米軍のレーダ基地だったそうです。

 まだ時間が有りましたので、途中、道の駅「かでな」に立ち寄ります。展望台からは、嘉手納基地が一望できます。嘉手納基地は、極東で一番広い滑走路だそうです。

 宿泊先は、JALシティーで、国際通りの真ん中辺にあります。ホテルの方の紹介で、直ぐ近くの「波照間 国際通り店」に行きました。沖縄っぽい料理をいろいろ頂きました。テーブルの前の沖縄の昔の絵が、ほのぼのとした気分にさせます。帰りに、コンビニで泡盛コーヒーを買ってみましたが、微妙な味でした。

<二日目>

 今日は、島の中央部、本部町、今帰仁村方面とし、まずは、古宇利島を目指します。沖縄本島から屋我地島に入るところにある「道の駅羽地」のそばの海岸には、マングローブが広がっています。

 屋我地島にはいると、穏やかな屋我地ビーチがあります。例によって、人はまだいません。ようやく、古宇利島に近づきました。古宇利大橋は、青い海に向かって、一直線です。

 古宇利島の先には、ティーヌ浜がありますが、ここには波の浸食で削られた2つの岩があります。ハートの形に見えることから。ハートロックといわれています。パワースポット?かな。

 屋我地島と沖縄本島の間はワルミ海峡で、ワルミ大橋で結ばれています。ワルミ大橋からの眺めがとても良いので、途中で車を止めました。この辺りでは、マングローブカヤック体験ツアーが行われているようです。

 昼食は沖縄そばとします。途中の、今帰仁村役場の辺りで、評判の良い「いち藤」に入ります。見た目とは異なり、あっさりした味ですね。

 世界遺産の今帰仁(なきじん)城へ向かいます。ここは14世紀頃に北部を治めていた北山王の居城です。15世紀には、中山王に統一され、17世紀には薩摩の攻撃で城は炎上したとのことです。昨日見た座喜味城の2倍位で、明日行く予定の首里城とほぼ同規模とのことです。ここの石垣は、相方積と野面積がメインです。高台にありますので、海が一望できます。

 日差しが強く、疲れてきましたので、途中、松田商店で冷たいものを頂きました。

 まだ日も高いので、普天間飛行場を見学することとします。嘉数高台(かかずたかだい)公園の長い階段を登ると、展望台があり、そこから飛行場がよく見えます。ここは、第二時大戦中に第七〇高地と命名され、激戦の地だったようです。周囲には、各県出身者の慰霊碑が多数点在し、陣地壕やトーチカも残っています。

 夕食は、地元料理にも疲れてきたので、駐車場の近くにあった「SUGI」に入ってみました。感じはビストロです。料理と雰囲気がマッチしていたので、ワインも2本いってしまいました。店の外観取り忘れです。明日はしんどいかも。

<三日目>

 今日は、本島南部を回りたいと思います。駐車場に行くついでに、SUGIを見ましたが閉まっています。当たり前です。

 今日のスタートは、中城(なかぐすく)城です。管理事務から城の正門まで、長い坂が続くということで、ここでは、カートで連れて行ってもらえます。ここも160mの高台にあることもあり、中城湾が一望できます。城には自衛隊員のグループがいましたが、地形を見ながら、戦術の研修をしていたようです。ここの石積は、野面積、相方積、布積の3種類があります。

 次は、今日のメイン、首里城に行きます。困ったことに、駐車場がどこも満車です。ようやく徒歩20分くらいの場所に見つけました。平日でこれですので、休日はどんなでしょう。日差しが強い中、首里城を目指します。ここは、これまで3つの城を見てきましたが、規模や石垣の美しさは、比較になりません。さすが琉球王の居所です。高台にありますので、ここからは、那覇市内や遠くの島々がよく見えます。焼失した施設は再建中で、2026年完成予定とのことなので、再度訪れたいと思いますます。

 駐車場に戻る途中に、泡盛の瑞泉酒蔵が有りましたので、立ち寄ります。係の方から、見学や飲み比べもできますといわれましたが、車ですので遠慮しました。残念!記念に、瑞泉「碧」を買いました。

 本島南部にある琉球最高の聖地、世界文化遺産でもある斎場御嶽(せーふぁうたき)に向かいます。そこへは、車では直接行けず、近くの「南城市地域物産館」で入場券を買い、500m程坂道を登ります。お腹がすきましたので、物産館で、三矢本舗のもずくの天ぷらとサーターアンダギー(揚げ菓子)を食べました。

 日差しが強い中、500mの坂道は応えます。10分ほど歩くと緑の館セーファに着きますので、そこで注意事項、マナーを確認し、御嶽を見学します。御嶽の参道には、うっそうと緑が生い茂っています。特に三庫理の巨石の前では、最も神聖な場所ということもあり、霊気を感じます。

 空港への帰路、近くのニライ橋、カナイ橋に立ち寄りました。橋を展望する場所はあるのですが、2m程のフェンスが眺望の邪魔をします。その場所は、航空自衛隊知念分屯基地に面しており、ペトリオットミサイルが見えました。

 沖縄の最後の立ち寄り先は、空港の真北にあるショッピングモール、瀬長島ウミカジテラスです。小さな島の傾斜地にありますので、店はそれほど多くないです。滑走路が直ぐそこで、飛行機がよく見えます。では飛行場に向かいます。

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国内旅行

鹿児島(霧島、桜島、指宿)

<一日目>

 関東は寒い日が続いています。今回は、南国、鹿児島に行くこととします。しかしながら、鹿児島空港は、意外と寒いです。気温は東京と同じくらいではないでしょうか。まずは、川内(せんだい)川の曽木の滝に向かいます。この滝は「東洋のナイアガラ」と呼ばれているそうですが、実際、この時期は水量が少ないと思いますが、それでもその迫力はこれまで見た滝の中で一番です。雨期にもう一度訪れたいものです。それにしても、この滝が全国的に余り知られていないのが、不思議です。断崖のアクリル板展望台は、下が透明でスリル満点です。

 次は、日本名水100選の「丸池湧水」に向かいます。1日6万トンの水が湧き出るとのことです。池の水は透き通っています。水汲み場で飲んでみましたが、マイルドな味でした。この水は先ほどの川内川に流れています。

 次は本日のメイン、霧島神宮です。途中、道が決壊のため通行止めとなっており、代わりの道のナビの指示はいい加減で、山の中で迷子になるかもと思いました。ようやく霧島神宮に到着。まずは、「神宮亭」で、昼食を頂きました。敷地には、民芸品を展示、販売している「民芸村」が併設されています。

 いよいよ霧島神宮参拝です。大鳥居、二ノ鳥居と歩きます。三ノ鳥居のそばには、神霊を招くというオガタマの木やさざれ石、樹齢800年といわれる御神木などがあります。拝殿の上部には、美しい装飾が施されています。神宮境内全体が、パワースポットです。神宮の標高は460m有りますので、展望所からは、遠くに錦江湾や桜島がよく見えます。

 霧島神宮は、噴火で何回か、場所を移しています。以前の霧島神宮の跡地である古宮址 (こぐうし) を参拝に行きます。霧島神宮から車で20分程上り、高千穂河原駐車場に向かいます。駐車場から10分程坂道を行くと、古宮址、天孫降臨神籬斎場(てんそんこうりんひもろぎさいじょう)があります。古宮址の向こうには霧島神宮本宮、高千穂峰の頂上には天の逆鉾が有ります。往復3時間程度の道のりということなので,機会があれば行ってみたい?と思います。

 霧島神宮参拝も終わりましたので、霧島町蒸留所(明るい農村)に立ち寄ります。見学の希望の有無を聞かれましたので、即、お願いしました。係の方からこの辺りの地形から始まり、焼酎の製造工程等、懇切丁寧に教えて頂きました。日本酒と一緒で夏は発酵に適さない様で、ブルーベリーを栽培しているとのことです。

 最後は、霧島神仙峡遊歩道を歩いてみます。霧島観光案内所から徒歩で霧島大橋を渡ると、下に霧島川沿い全長1.800mの遊歩道があります。遊歩道の先に柱状節理が見られます。来る直前、1月21日のブラタモリで宮崎県の高千穂を放映していましたが、そこでも柱状節理が出ていました。九州はやはり火山島なんだなと思いました。

 今夜の宿は、霧島ホテルです。温泉の湧出量は毎分6トンとのことで、体育館のような広~いお風呂です。しかも混浴!、但し20:00~21:30は女性専用。夕食のメインは、黒豚のしゃぶしゃぶと黒毛和牛のミニステーキです。夕食の会場からは100年杉の庭園が見えます。食後は、別会場で、喫茶ができます。

<二日目>

 昨夜ライトアップされていた百年杉庭園を散策します。この杉林は、このホテルの初代が治山のため植林しました。この杉は霧島メアサ杉というそうで花粉の量が少ないそうです。朝の森林浴は清々しいですね。

 このホテルは標高770m位有ります。夏は、下界より涼しいでしょうね。途中、霧島温泉郷の丸尾滝に立ち寄ります。温泉水が集まって流れ落ちているので、湯気が出ています。

 最初は、蛭子神社に向かいます。蛭子とは、「いざなぎのみこと」と「いざなみのみこと」との間に最初に生まれた子です。しかしながら、3歳になっても足腰が立たないので、かわいそうに「いわくすふね」に乗せられ流されてしまいました。流れ着いたのがこの地とされています。訪れたときは、誰もおらず、静寂でした。

 次は、山幸彦(やまさちひこ)をお祀りする、大隅国一之宮の鹿児島神宮に向かいます。この神宮は、拝殿の天井の200以上ある植物の画が有名です。確かに圧巻です。当時の日本に無い植物もあるそうで、薩摩の密貿易の証拠という人もいます。

 大隅半島に入ります。付け根の辺り、福山町は黒酢の産地です。黒酢の壺があちこちに見えます。坂元醸造のくろず情報館に立ち寄ることとします。

 桜島に近づいてきました。昼食は道の駅「たるみず湯っ足り館」で頂くこととします。名前の通り、ここでは足湯をしながら桜島を見ることができます。特産のブリとカンパチの海鮮丼(1750円)を頂きます。それぞれ5きれづつありますが、味の違いが分かりません。窓からイルカの群れが見えます。帰りしな売店で、ブリとカンパチの切り身のパックを見ましたが、ほとんど同じに見えます。

 昼食後、桜島に入ります。有村展望所に立ち寄ります。駐車乗には避難壕があります。展望所からは、何回かに渡る噴火が層となって見えます。この辺りは、最近、火山灰が降ったようで、係の人が灰を取り除いていました。取り除いた後は、白くなります。

 桜島港まで来ましたので、対岸の鹿児島市へフェリーで渡ります。出港してから15分くらいで接岸します。あっという間です。

 鹿児島市ではまず、定番の仙厳(せんがん)園を見学します。ここは桜島を望む島津家の雄大な庭園であっただけではなく、反射炉や水力発電用ダム等の洋式工場群でもあったようです。島津家と南九州の文化・歴史を紹介する尚古集成館は、残念ながらリニューアル中で休館でした。

 今日の最後は、鹿児島(鶴丸)城です。1874年に焼失したのちは再建さていませんが、御楼門は、2020年に復元されています。石垣の所々に西南戦争時の銃痕があります。本丸跡に鹿児島県歴史資料センター黎明館がありましたので、見学しました。締めは、城山公園展望台から、鹿児島の街を見ました。

 今夜の夕食は、鹿児島ラーメンとします。天文館の「ラーメン我流風」で頂きました。見た目とは異なり、あっさりとしています。

<三日目>

 朝食前の散歩です。昨夜、写真を取り忘れたので、同じ所に行ってみます。朝7時頃ですので、当たり前ですが印象は全く異なります。所々に銅像があります。HPで調べると、7つのシーンを巡る旅「時標(ときしるべ)」ということのようです。

 まだ時間もありますので、島津齊彬公ををお祀りしている照國神社に参拝します。社殿は西南戦争と第二次世界大戦で焼失して、1958年に復興造営され他とのことです。神門の前のイヌマキの木は齊彬公にちなんで斉鶴といわれるそうですが、本当に鶴のようですね。

 法華ホテルの朝食は、じゃらんの泊まってよかった宿大賞朝食の部2018九州地区101~300室で3位となっています。口コミの評判もいいです。和、洋、中、郷土の4種類有るので制覇は4日必要かも?今回は、郷土料理で選択してみました。

 今日は、薩摩半島を南下します。最初は、知覧特攻平和記念館です。館内は、当時の遺物と、隊員1036名の記録が展示されています。合掌。展示の唯一現存する疾風は、予想以上に大きいと感じました。屋外には、隊員が出撃されるまで起居していた三角兵舎の再現も有ります。

 次は、薩摩の小京都といわれる知覧の武家屋敷庭園を見学します。約700mの道に7軒の庭が開放されています。内、6つは枯山水式、1つは池泉式です。石垣は切石と丸石があり、切石が格式が高いそうです。武家屋敷に加え、鹿児島独特の民家も移築展示されています。二ツ家は、居住用の間をオモテ、台所や囲炉裏のある部屋をナカエといい、棟をつないでいるのを知覧型二ツ家民家というそうです。

 道の最後は森重堅庭園です。ここは、NHKの西郷どんで使用されたそうです。

 昼食は、枕崎の日本最南端の地場センターで、鰹のたたき定食と刺身定食を頂きます。刺身のえびは、薩摩の甘海老として名高い「たかえび」でした。

 枕崎漁港では、朝一で直売をしているようです。昼なので、誰もいません。

 番所鼻自然公園の突堤から眺める景色は、全国を歩いた伊能忠敬が絶賛したといわれています。ここから見える岩礁が、竜宮城の入口といわれています。

近くの近くの釜蓋神社(正式名称:射楯兵主神社 いるたてつわものぬし)に参拝してみます。釜の蓋を頭に乗せ、鳥居から賽銭箱まで落と参拝できれば参拝できれば願いが叶うそうです。トライしましたが、当日は風が非常に強く、蓋が飛ばされてしまいます。かまふた願掛け投げもありますが、これも粘土の蓋は届きそうにありません。

 海岸から15分程の場所に池田湖が有ります。当日は、菜の花が満開でした。こちらは暖かいんですね。

 指宿のパンフレットに必ずでるのがJR西大山駅の黄色いポストです。それだけなのですが、映えるモニュメントをよく考えたものです。

 浦島太郎が竜宮に旅立ったとされる地が、長崎鼻(ばな)です。ここには、乙姫様のモデルとなっている豊玉姫を祀る龍宮神社があります。そのため、この一帯は縁結びのパワースポットだそうです。薩摩半島最南端ということもあり、当日は風が非常に強く、断崖から転げ落ちそうになります。

 最後は、砂蒸し温泉です。時間があれば体験したかったのですが、今回はそばで見るだけです。

 鹿児島空港での夕食は、山形屋食堂エアポート店でカツ丼を頂きました。ナガサワワインは、後にカリフォルニアのワイナリーとなった薩摩藩英国留学生長澤鼎に因んでちなんで、山形屋オリジナルとして作られているそうです。2100円で飲めますので絶対お得と思います。

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京都(泉涌寺、東福寺、修学院、東寺)

<一日目>

 インバウンド旅行者も増えそうなので、年の瀬も押し迫っていますが、京都に行くこととしました。まずは朝食。前田珈琲でクロワッサンサンドを頂きます・

 ホテルに荷物を預け、泉涌寺に向かいます。東福寺駅で降り、泉涌寺道を上ったところに、総門がそびえます。門をくぐり、長い参道を歩きます。

 参道をしばらく歩くと、泉涌寺の塔頭(たっちゅう)である戒光寺が左手にあります。ここは、運慶・湛慶父子の合作である丈六の大きな、総高10mの釈迦如来立像が有名です。本堂に入りさっそくお参りしました。本堂の脇の生け花は見事です。

 次は今熊野観音寺にお参りです。西国三十三所の15番目の札所です。参道をしばらく歩くと、今熊野鳥居橋があり、そこを渡ったところに山門があります。本堂の手前には、子まもり大師、ぼけ封じ観音が鎮座しています。

 ようやく泉涌寺に辿り着きました。大門の左の石碑にあるように、ここは御寺(みてら)で、皇室の菩提寺です。入り口で受付を済ませ中に入ります。初めに見えるのは、大きな仏殿と舎利殿です。仏殿の三尊仏にお参りした後、御座所に向かいます。

 御座所の門を入ると、案内所の入り口があり、受付します。皇室の菩提寺ですので、玉座等皇室関係の調度品、お部屋があります。お庭は、昭和天皇も愛でられたそうです。東山山系が借景となっています。当然ですが、御座所の御車寄せは、閉まっています。

 浴室の前を通り、楊貴妃観音像のお参りをして、今度は東福寺に向かいます。

 東福寺への道の途中には、泉涌寺の塔頭である悲田院や、清水焼の工房、工房が経営している喫茶店などがあります。20分程で東福寺、通天橋道の石碑に着きます。

東福寺の途中には、一般道である臥雲橋が架かっています。向こうには、これから行く東福寺の通天橋が見えます。紅葉の時期はさぞやきれいだったと思います。通天橋では、結婚式の撮影が行われているようです。

 日下門から入り、受付をし、通天橋に向かいます。今度は向こうに、臥雲橋が見えます。紅葉は少し残っています。11月10日〜11月30日は拝観料が高くなっていますので、その頃が見頃なのでしょう。

 木製の通路を上り、開山堂・普門院に向かいます。通路を過ぎると、開山堂・普門院の庭園に出ます。庭の手水鉢の水は凍っていますね。普門院の前庭は市松模様の石庭です。開山堂・普門院から戻り、反対側にある愛染堂をお参りします。

 通天橋をもどり、今度は方丈の八相の庭の見学です。庫裏で受付をし、順番に見学していきます。南庭は枯山水、渦巻く砂紋は八海、向こうの築山は五山を意味しています。結婚式の写真撮影が続いているようです。東庭は円柱で北斗七星、生垣で天の川を模しています。北庭、西庭は、いずれも市松模様です。

 最後は、本堂、山門を見学し、勅使門から東福寺を去ります。

 次は、京阪電鉄で伏見桃山駅に向かいます。駅を降り、駅前の大手筋を直進します。昼食は「伏見酒蔵小路」でと考えていましたが、重くなりそうなのでもう少しブラブラ歩いて探すことにしました。左に折れ、納屋町商店街を通ります。道が狭いので、アーケードが高く感じます。

 竜馬通り商店街に入ります。しばらくして寺田屋に着きました。が、なんと月曜日は定休日です。竜馬は、寺田屋事件の時、濠川を使って薩摩屋敷まで逃れたとも言われているのお思いだし、逢来橋からの豪川を眺めました。近くの黄桜記念館で、一杯と思い、行ったところこちらも、売店は営業していますが、記念館は定休日です。

 月桂冠はどうかな、と思い行ってみましたが、幸いに記念館は営業中。入館料を支払い中に入ります。その際、利き酒のおちょこと、コイン3枚(利き酒3回分)を渡されます。説明ビデオを見てから、記念館の内部を見学します。最後はお楽しみの利き酒です。利き酒マシンでは、一番高い笠置屋(4500円/720ml)⑥や絞りたての純米大吟醸②などを頂きました。酔い覚ましには、外にある「さかみず」の水をのむことにします。

 ところで、昼食はまだです。夕食も近いので、商店街に戻り、たこ焼きを買って公園のベンチで食べて済ますこととします。駅の反対側にある、松平筑前公園を目指し、そこで頂きました。途中、御香宮神社の鳥居の鳥居を通ります。

 駅に帰りしな、御香宮神社に参拝していきます。この神社は、鳥羽伏見の戦いの際、薩摩軍の屯所となったようです。社務所脇に積まれている酒樽は、やはり月桂冠と黄桜です。

 伏見桃山駅に向かう途中、黒田節誕生の地があったり、鳥羽伏見戦の弾痕の跡があったりで、京都には、そこら中に歴史が有るな、と感じました。

 夕食は三条駅近くの、白川放水路沿いにある「MARCO & SARA」にします。ワインビュッフェ付きのステーキのコースです。サラダ、前菜、メイン、デザートはボリュームもあり、おいしかったです。ワインビュッフェはなじみがありませんでしたが、直ぐ慣れました。注ぎ放題ですね。ここは、犬の同伴を積極的に受け入れている店で、コースターや飾りがそれっぽいです。

<二日目>

 四条烏丸のバス停から、バスに乗り、京都芸術大学前で下車します。今日のメインは修学院離宮です。当日受付は11時からですので、その前にいくつか回りたいと思います。白川通をしばらく歩き、詩仙堂に向かいます。途中に、宮本武蔵が吉岡一門と戦った下り松がありました。それに関係する八大神社の鳥居が側にあります。

 清々しい小有洞を通り、詩仙堂の受付に行きます。朝早いので、見学者はまだいません。至楽巣(読書室)、詩仙の間と建物の中を歩きます。眼前には見事に掃き清められた庭園があります。樹木の葉にはまだ霜がが残っています。ダイアナ妃もここを訪れたようです。建物見学の後、庭園を散策しますが、鹿おどしの音が風情を感じさせます。

 詩仙堂の隣に八大神社が有りますので、お参りします。参道の掲示板には、過去の宮本武蔵関係の映画等のポスターが掲示されていました。

 11時近くなりましたので、修学院離宮に行き、当日受付に並びます。30分程前に着きましたが、1番でした。11時に受付証を頂きます。

 13時30分までは時間がありますので、延暦寺の塔頭である赤山(せきざん)禅院にお参りします。ここはお寺ですが、赤山大明神がご本尊です。ここは都の東北(表鬼門)に当たることから、鬼門避けとして祀られています。拝殿の屋根に置かれているのは鬼門除けの猿です。猿は、邪気を払う力があるとされているそうです。

 昼食時となりましたので、近くの小林家で食事をとります。外は非常に寒いので、暖かい鍋焼きうどんを頼みました。壁には、科捜研の女の出演者のサインがありました。この辺りで松の内に撮影していたのでしょうね。

 まだ時間がありますので、今度は蔓殊院に向かいます。蔓殊院のHPには「小さな桂離宮」とありますが、桂離宮を完成させた兄の智忠親王のアドバイスを受け良尚(りょうしょう)法親王が造営されたとのことです。枯山水庭園が有名です。

 修学院離宮に戻る途中に、鷺森(さぎのもり)神社が有りますので、お参りしていきます。境内には、触れると良縁はもとよりたくさんの神徳が授かる「八重垣」の石がありますので、触れてきました。「八重垣」ですが、素盞嗚尊(すさのおのみこと)が読んだ和歌に由来するようです。

 時間になりましたので、修学院離宮に戻ります。受付で確認後、参観者休所で見学開始を待ちます。

 見学は、まず下離宮からです。御幸門を入りしばらく歩くと、眼前に庭園が開け、寿月観の前にでます。扁額「寿月観」は後水尾上皇の筆です。ここは、おもてなしの建物だったようです。流れの先の三角の石は小さいですが富士山を、そこからの流れは白糸の滝を表現しています。

 次は中離宮です。松並木を歩きます。昔は畦道だったとのことです。表門ではなく、脇の出入口から入ります。中離宮には、光子内親王の御殿であった楽只軒と、東福門院(後水尾天皇の中宮、2代将軍徳川秀忠の五女)のお住まいであった客殿が有ります。客殿は、女性の住まいであったことや徳川の権勢から、楽只軒に比べ華やかな作りとなっています。

 松並木を抜け、いよいよ上離宮です。御成門の脇から中に入ります。まだ、上り坂です。登り切ったとき、後ろを振り返ると、まさに絶景。後水尾上皇の贅沢三昧の世界です。上皇の気分で、隣雲亭の縁側に腰を下ろし、上皇の気分に浸りました。

 雄大な眺めを鑑賞した後は、浴龍池に流れ込む水の流れに沿って、浴龍池まで下りていきます。上離宮の茶室である窮𨗉亭に立ち寄ります。扁額「窮𨗉」は後水尾上皇の筆です。浴龍池を回ります。この池は、かつてより水深があり、大型の船が浮かんでいたそうです。帰り際、土手を覆う大刈込が見えます。維持は大変だそうです。修学院離宮の記念に、匂い袋のセットを購入しました。

 夕食はホテルの近くの、風屋杉原に行きました。前回京都に来た折、店の前を通り、気になっていました。お料理をいろいろ頂きましたが、どれも期待通りおいしかったです。岩の原ワイン(上越市)が出されましたので、理由を伺うと、杉原さんは、以前、新潟の上越市の方で料理を研鑽されたそうです。締めは、お寿司とお蕎麦としました。大満足です。

<三日目>

 今日は12月21日です。東寺では、毎月21日、境内全域で弘法市が開かれますが、特に12月は、終い弘法(しまいこうぼう)と言われるそうなので、行ってみます。その後は、大阪で吉本の漫才を見たいと思います。京都駅から東寺に向かってしばらく歩きます。東寺慶賀門に近づくと、既に行列があり、門を入ると、境内一面出店です。

 人混みでごった返えしているエリアを抜け、門を入ると、太子堂(御影堂)のエリアになります。太子堂の中で、僧侶が護摩木を焚いています。私たちも護摩木にお願いを書いて焚いて頂くこととしました。

 太子堂の反対側の正面では、大師堂で祈願を待つ人で、混んでいました。近くに高野山遙拝所があり、ここから南方の高野山にお参りしました。。

 太子堂エリアから出ますが、いろいろな出店があります。

 有料の拝観エリアに入ります。入口の近くに茶店がありましたので、景色を見ながらお汁粉を頂きました。

 茶店の前には、不二桜がありますが、残念ながら今は冬です。五重塔(国宝)、講堂(重文)、金堂(国宝)と順に見学しました。ライトアップ設備もあり、桜の頃はとても映えるのでしょうね。

 東寺をでて、隣の観智院を見学します。ここには、床の間に宮本武蔵の水墨画があります。これは、宮本武蔵が、一日目で見た吉岡一門との決闘後、報復を逃れるためここに三年間身を潜め、その間、長谷川等伯に画を習った成果とのことです。

 この鯛焼きの出店は長蛇の列で、大量に買う人もいます。有名どころなのでしょうか。北総門から出て京都駅に向かい、大阪を目指します。

 大阪は、天王寺駅で降ります。目の前には、あべのハルカスが、遠くには通天閣が見えます。

 昼食は、天王寺公園の「SPOONBILL天王寺」でランチセットとワインを頂きました。意外とワインの量が多かったです。

 難波、よしもと漫才劇場に着きました。チケットを購入し、劇場に入ります。カウントダウンが始まり、開演です。8組でましたが、私はフースーヤが一番面白いと思いました。

 夕食のため、難波のアーケードを歩きます。551が有りましたので、入ってみました。551点心セットと麻婆豆腐(量が多い)を頂きました。

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国内旅行

三嶋大社、来宮神社、みかん狩り

 旅行支援も最終局面となりましたので、それを最大限活用してみることとしました。四季の旅のバスツアー、「三嶋大社と来宮神社+みかん狩り」は旅行代金6,980円ー補助金2,700円=4,280円、他に昼食、みかんのお土産付きです。

 集合場所はいつものように、新宿都庁バス停前集合です。時間もありましたので、新美の巨人たち(12月3日)で放映されたライオンと猫の像を、改めて確認してみることとしました。最初は西口のライオン像です。銘板を読むと明治39年にロンドン水道協会から贈呈された由。隣にライオンズクラブのライオンが置かれていますがそちらの方が目立ちますね。

 次は、東口に回り、新宿の目を通り新宿住友ビルの三角広場に向かいます。広場手前のエレベーターホールに猫の玉ちゃんがいました。三角広場では、今日はベルギービールフェスタがあるようです。

 住友ビルの向こうが都庁のバス駐車場ですので、道を渡ります。バス出発後、参加者には電子クーポン3,000円が配られました!

 2時間ほどで、三嶋大社に到着します。この大社は、伊豆に流された源頼朝が深く崇敬し、源氏再興が成功したことで有名です。大鳥居をくぐると、参道の右側には、でんと、たたり石があります。この石は、もともとは街道(東海道と下田街道)を行き交う人の流れを整理する役目を果たした(たたり(絡垜)は糸のもつれを防ぐ具であり整理を意味する)そうです。そばには若山牧水(かつて三島に居住)の歌碑もあります

 参道を進みますが、やはり「鎌倉殿」を強く意識しています。途中に相生の松がありますが、黒松と赤松が同じ根から成長しています。次に立派な総門をくぐります。

 次には神門があります。神門と本殿の間には、舞殿があります。本殿は、総けやき素木造りで、精緻な彫刻施されています。

 参拝後、境内を散策します。神門のそばに、頼朝、政子が平家追討の心願をした際座ったという腰掛石があります。その隣には神馬舎があります。神馬は毎朝神様を乗せて箱根山に登るという伝説があるそうです。

 最後に、樹齢300年超といわれる大楠の御神木に触れ、霊気を頂くこととします。帰り際、境内の福太郎茶屋に立ち寄り、お茶セットを頂きました。

 昼食は、伊豆フルーツパークの2階の食堂で頂きます。2階は一面昼食がセットされ、団体客が、続々と到着します。土産物等で電子クーポンを使う機会はここしかないので、昼食は大分安価に提供しているのかもしれませんね。

 昼食後は、徒歩でみかん狩りの場所に向かいます。みかん畑の隣が茶畑で、静岡らしいと感じました。みかんもそんなには食べられませんね。出発の際、みかんのお土産を頂きました。

 最後は、来宮(きのみや)神社に向かいます。バスは来宮駅前の駐車場に駐車しますので、そこから5分ほど歩きます。レトロな感じの来宮駅を過ぎ、線路の下のトンネルを抜けると来宮神社があります。

 ここ来宮神社は、平安初期、征夷大将軍坂上田村麻呂公が戦の勝利をここで祈願し、各地に御分霊を祀ったと伝えられ、現在、全国四十四社のキノミヤジンジャの総社となっているそうです。まず鳥居から、参道を歩きます。本殿の手前にある参集殿(授与所)は素敵なブーランジェリーのようです。参拝の後は、樹齢2100年超といわれる大楠の御神木(本州1位の大きさだそうです)で、また気を頂きます。

 来宮弁財天にお参り後、境内を散策します。ツアーガイドさんによると、今日ほど空いていることはないそうです。普段は、人が多く、茶寮等も座るところが無いそうです。神社にはあちこちにスマホを置く台があり、二人連れ、映える、を意識していますね。

 最後に、稲荷社に参拝します。こじんまりしていますが、ここも映えるように設計されていますね。

 ツアー終了後、夕食は、新宿高島屋の13階、「ディキシーダイナー」で、ビーフ&ビーフとガーリックライスのプレートを頂きました。

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国内旅行

三峯神社、秩父神社、寶登山神社

 新美の巨人たち(テレビ東京10月22日)で、秩父を放映していました。まだ行ったことが無かったので、四季の旅催行のバスツアーに参加し、秩父三社を巡ってみることとしました。当日はあいにくの雨です。新宿都庁前から、朝7時に出発です。

 雨はますます、強くなっています。荒川の上流、二瀬ダムを過ぎたあたりから、道幅の狭いくねくね道になります。ようやく三峰(みねは、神社は峯、住所は峰です)駐車場に着きました。ガスがかかっている中、階段を上り、山麓亭(いもでんがくが有名)、大島屋(わらじとんかつが有名)の前を通り過ぎます。

 ほどなくすると三ツ鳥居に着きます。拝殿に行く前に、奥宮遥拝殿と日本武尊(やまとたける)像に行ってみます。参道から急な階段を上ると奥宮遥拝殿があります。晴れていれば妙法ヶ岳の奥宮が遥拝できるそうですが、今日は辺り一面真っ白です。

 参道の先に、日本武津の銅像があります。三峯神社の創始者です。東征中、碓氷峠に向かう途中で三峯神社を創建したそうです。

 参道に戻り、随身門に向かいます。門の両側には、狛犬の代わりに、神の使いである狼の像が置かれています。門の中にいらっしゃる方はどなたでしょうか(調査中)。門を過ぎると灯篭が両側にある参道となります。

 参拝を更に進みます。参道の突き当りに、拝殿への階段があります。普段は、階段から、参拝者の長い列があるそうですが、今日は幸い雨で、短い列です。

 拝殿に向かって、右側には1857年に建立された木製の大型の灯篭、左側には極彩色の1853年に建立された手水舎があります。拝殿もカラフルです。

 拝殿の左下の石畳には、2012年に突如現れたという赤い目をした龍神があります。拝殿下には、御神木があり、「氣」を頂きます。

 参拝後、お札を頂きたいと思います。記入台で、必要な頂き物を用紙にチェックし、授与所で頂きます。

 昼食は、いろいろ迷いましたが、境内の興雲閣としました。名物のしいたけ丼とひれかつ丼、そして御神酒を頂きました。秩父産キウイも買ってみました。

 昼食後は、拝殿と反対にある、縁結びの木と御仮屋宮に向かいます。道の両側の木は立派で歴史を感じさせます。縁結びの木の由来は、モミの木と檜がピッタリ寄り添っていることから来ているそうです。

 縁結びの木の先には、神の使者である狼を祀っている御仮屋宮があります。

 バスツアーの休憩時間は2時間半ですが、そろそろです。駐車場に向かいます。途中拝殿脇を通り、摂末社をお参りします。伊勢神宮をはじめ、三峯神社とゆかりのある全国23社が集結しているそうです。

 三峯神社の次は、秩父神社の参拝です。バスは秩父市の中央、秩父鉄道秩父駅(地場産業センター)駐車場に駐車します。そこから徒歩で、秩父神社に向かいます。大鳥居、神門を通って本殿に向かいます。残念ながら、本殿は改修中で、正面は見ることが出来ません。

 本殿左側に向かいます。親の心得と有名なお元気三猿「よく見て・よく聞いて・よく話す」の彫り物があります。

 次に本殿右側に向かいます。こちら側には、龍が悪さをしないように鎖で繋ぎ止めている「つなぎの龍」があります。つなぎの龍の彫刻は、左甚五郎作と言われています。

 本殿を時計回りに巡りました。覆いが無ければ、本殿正面に左甚五郎作と言われる「子宝 子育ての虎」の彫刻を見ることが出来たはずです。12月1日には可能らしいです。参拝後、神門をくぐり、大鳥居から正面の番場通りに向かいます。

 番場通りを数分歩くと、レトロな建物があります。

 最後は、寶登山(ほどさん)のふもと、長瀞駅近くにある寶登山神社に向かいます。ここも、創立のいわれは三峰神社と同じく、日本武尊にあるとのことです。滞在時間は30分だけでしたので参拝がメインとなりました。丁度紅葉は見頃です。神社からはロープウエーも出ていますので、次回は長瀞も兼ねて山頂の奥宮も訪れてみたいと思います。

 雨ということもあり、帰りの高速道路は驚くほど空いていました。そのため、18時前には新宿に到着することができました。夕食は、西新宿「Di PUNTO」で頂きました。