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散歩

鎌倉

 今日は久しぶりに鎌倉を散歩します。江ノ電長谷駅で下車し、大仏のある高徳院方向に向かいます。あいにく今日の天気は小雨が降ったり止んだりです。

 しばらく歩くと高徳院の仁王門が見えてきました。門をくぐり、券売所で参拝券を頂き、手水舎で手を清めると、正面に大仏がデンと構えています。しかし、大仏殿が無いのには、どこか違和感を感じます。

 大仏の背面に回ると、明かり取りの窓が見えます。大仏の脇から胎内へ入ることが出来ますので、早速入ってみます。狭い階段を上ると、そこは大仏の胎内です。外側からは見えませんが、内部からは鋳造時に出来た線がはっきり見えます。

 次は来た道を戻り、長谷寺に向かいます。参道途中の旅館「對僊閣」は、2階の高欄や欄間窓など100年の歴史を感じますね。参道の突き当たりが長谷寺です。妙智池脇の石段を上ると、本殿の観音堂です。中に安置されている像高9mの十一面観音立像は、間近で見ると圧巻です(撮影は禁止)。

 観音堂のある見晴台からは相模湾が一望出来ます。ビール販売!一切経が収められている経蔵を横切り、眺望散策路に進みます。あじさいの季節はここは大賑わいになるようですが、今は何もありません。散策路を下りていくと、海光庵(お食事処)の方向から、カレーの匂いがしてきます。

 石段を下り、千体地蔵を横切ると、弘法大師が参籠したと伝わる弁天窟の入口が見えてきます。早速中に入ります。天井が低いので、ずうっと前屈みで進みます。洞窟を出て、妙智池を鑑賞しながら、長谷寺を出ます。

 お昼になりました。昼食は長谷寺脇の小道にあるWITH KAMAKURAで、鮭とハンバーグの定食を頂きました。店内の造りは、白川郷から古民家を移築し、リノベーションしたとのことで、落ち着いた空間です。

 昼食後、近くの御霊(ごりょう)神社に参拝します。参道が江ノ電の線路を横切ります。鳥居より先は撮影禁止とのことです。この神社は権五郎景政をお祀りしていますが、権五郎の力自慢の逸話に因んで、神社そばの「力餅家」では、権五郎力餅を販売しています。

 相模湾の方向に向かいます。途中、極楽寺坂切通を通りますが、かつて鎌倉幕府滅亡の際、ここを新田の軍勢が通ったとのことです。極楽寺に参拝します。参道は桜並木になっています。江ノ電極楽寺駅の手前にはトンネルがありますが、煉瓦張りのトンネルは貴重だそうで、土木遺産に登録されています。

 道を進むと、玉子かけご飯で話題の古民家?カフェ「ヨリドコロ」の前を通ります。結構並んでいますね。国道134号線を横切ると、目の前は相模湾です。左の方には、稲村ヶ崎が見えます。国道をしばらく進むと、江ノ島が見えてきました。

 七里ヶ浜しばらく歩くと、スラムダンクのシーンで有名になった鎌倉高校前の踏切が見えてきます。観光客が大勢います。交通整理員も2名います。江ノ島はまだ先ですので、今日はここから鎌倉に引き返します。

 鎌倉駅に戻り、最後は鶴岡八幡宮に参拝することにします。平日にもかかわらず、小町通りは大賑わいです。例により二ノ鳥居から神社に向かい、段葛を進みます三の鳥居から境内に入ります。

 三の鳥居を入ると、左に平家池、右に源氏池が有り、それらをを繋ぐ水路には石造の太鼓橋が架けられています。その橋は柵で締め切られいますので、その脇を通り、長い参道を進みます。舞殿に突き当たりますが、ここにはかつて頼朝に所望され静御前が舞った若宮回廊がありました(1191年焼失)。大石段を一気に上り、本宮に参拝します。帰りは、脇の緩やかな石段で戻ります。

 最後は、「サンタクルーズ発でリアルカリフォルニアスタイル」というVERVE鎌倉で、タルトとコーヒーを頂きました。

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国内旅行

宮崎(高千穂~日向~日南)

<一日目>

 昨年の1月、鹿児島の霧島にある天孫降臨地、千穂河原へ行きましたので、今回は天孫降臨のもう一方の地、宮崎の高千穂に行くこととしました。熊本空港から向かいますが、途中、通潤橋に立ち寄ります。これは、1854年、水不足に悩む白糸台地に水を送るため、惣庄屋・布田保之助によって造られた石造アーチ水路橋です。昨年9月、新美の巨人たちで放送されていましたが、間近で見ると、大きさと美しさに感動します。放水は4月からなので残念ながら見学出来ませんでした。

 高千穂に着きましたが、天気もいいので、高千穂あまてらす鉄道に乗車してみます。この路線は、かつては高千穂と延岡を結んでいましたが、2005年の台風14号で大きな被害を受け、廃線となっています。今は、日本一の高さを誇る鉄橋からの眺めを目玉に、観光鉄道となっています。施設は全体的に錆びており、メンテは大変そうです。

 高千穂は、駐車場はどこも満車で、第3駐車場に隣接する売店の駐車場に停めることができました。車を降りて、下を覗くと、高千穂峡の水面はずうっと下です。降りるのも帰ってくるのも一苦労しそう。どんどん川を下りながら、本日のメインイベントであるボートが見えてきました。

 ボートの前に、昼食とします。高千穂は流しそうめん発祥の地とのことなので、御橋そばの、「千穂の家」に入ります。店内は、ほとんど中国語。おにぎりと川魚のセットを注文しました。係の人が上流で流しますので、箸で掬います。掬いそこねた麺は、最後のざるで回収されます。

 予約時間になりましたので、貸しボート場に降りていきます。そこまで行くのも、かなりの下り坂です。救命胴衣を身につけいよいよ乗船します。

 真名井の滝に向かって漕ぎだします。滝の下には、沢山のボートがいますので、ぶつからないように、お互い、気を付けて漕ぎます。滝の下を、濡れないように通り、更に進みます。近くに鴨が泳いでいます。慣れているせいか、逃げません。30分はあっという間に過ぎますので、船着き場に戻ります。

 ボートが終了しましたので、次は坂を20分程一気に登り、高千穂神社を目指します。高千穂神社は、高千穂郷八十八社の総社です。境内には「秩父杉」や「夫婦杉」など杉の巨木がそびえています。境内社の荒立神社・四皇子社では、丁度工事?があり、男神坐像、女神坐像を合間から見ることが出来ました。

 次は、天岩戸神社に参拝します。この神社は、照皇大神(あまてらすすめおおみかみ)が弟素盞鳴尊(すさのおのみこと)を避けてこもった天岩戸(あまのいわと)をご神体としています。これに因んで、二ノ鳥居の手前には、手力男命(たぢからおのかみ)が岩戸を取り払い給う舞の像が鎮座し、その下にはその神楽歌の石碑(よろずよの あまのいわとのかみかぐら おもしろかれや すえはめでたし)があります。ご神体の天岩戸の洞窟は、西本宮の奥、谷を挟んで反対の壁の中腹にあるそうで、30分に1回ご案内頂けますが、今回はお願いしませんでした。

 参拝の後は、天安河原(あまのやすかわら)にお参りします。西本宮から岩戸川を500mほど遡った所にある河原で、そこには仰慕窟(ぎょうぼがいわや)があり、照皇大神の岩戸隠れの際に八百万の神々が集まって相談した場所と伝えられているます。窟には天安河原宮があり、思兼神(オモイカネノカミ 八百万の神に照皇大神を岩戸の外に出すための知恵を授けた)を主祭神として八百萬神が祀られています。窟の周辺には「願いを込めて小石を積むと願いが叶う」として多数の石積みがあります。この辺りはパワースポット感が充満しています。

 高千穂の最後は、槵觸(くしふる)神社です。当初は、天孫降臨の地として伝えられる「槵觸の峰」に創建されましたが、1694年に、ここに社殿が建立されたとのことです。本殿までは急な階段が続きます。森の中に有り、神聖な気持ちにさせられます。

 高千穂から、延岡に向かいます。途中、道の駅「青雲橋(せいうんばし)」で一休み。高千穂一帯は、山間地農林業複合システムで、世界農業遺産に登録されています。棚田があちこちに広がっています。

 延岡に着きましたが、ホテルに行く前に、続日本百名城である延岡城を見学してみます。ここは天守はありませんが、石垣が有名で、通称「千人殺しの石垣」は、高さ22m、野面石を巧みに積み上げています。管理事務所で城のスタンプを押しました。

 事前に調べてこなかったので、町をブラブラ、良さそうな店があったので、入ることに。正解!。地元のお魚のお造り、あげみ、メヒカリの唐揚げ、チキン南蛮、豆腐サラダ、お酒もビール、日本酒、焼酎と延岡の味を堪能しました。

 帰る途中、うどん屋の看板が見えましたので、入ってみます。「白」があっさりしている、とお店の人に言われましたので、お願いしました。実際は、たっぷりのロールキャベツが入っています。超満腹になり、フーフーしながら宿に帰りました。

<二日目>

 今日は、あいにくの雨です。まずは日向岬のクルスの海から。展望台では、願いが叶うというクルスの鐘を思いっきり鳴らします。展望台の先端からはクルスの海がよく見えます。クルスは、クロスから来ているそうで、確か海は十字になっています。隣の島(今は海の下で見えません)と合わせると「叶」の字にも見えるようです。

 次は、日向岬の突端にある馬ヶ背に向かいます。観光案内所には、日向岬を歌っている水森かおりの大きな看板がありますが、彼女はこの歌で日向市観光大使になっています。初めは、細島灯台見学です。灯台からは、今から行く馬ヶ背が見えます。

 更に進むと日本一の柱状岩と言われる岩の裂け目があります。アクリル板の展望台があり、下を覗くと70mの断崖で足が竦みます。

 突端にに向かって更に進むと、馬の背にみえる「馬ヶ背」があります。ここからは日向岬が一望できます。岬には、日向市出身の若山牧水の歌碑があります。(樹は妙に草うるはしき青の國日向は夏の香にかをるかな)

 日向岬の付け根に大御(おおみ)神社がありますので参拝します。天照大神を祀っており、「日向のお伊勢様」と呼ばれているそうです。荒々しい日向灘に面して建つお社は、なかなか壮観です。

 昼時となりましたので、国道沿いにある「いけすレストラン大漁丸」に入ります。折角ですので「天孫降臨」を一合天ぷら定食と天ぷら定食と刺身定食をお願いしましたが、そのお膳の大きさ、ボリュームに驚きました。

 レストランから海側に進むと、美々津(みみつ)の街があります。江戸から大正にかけて廻船で栄え、街並みが歴史地区として保存されていますので散策してみます。

 中町通りに日向市歴史民俗資料館がありますので、見学してみます。節句の時期でしたので、おひな様が豪勢に飾られています。当時の繁栄振りが感じられます。また、その頃は武士を見下ろすのは、はばかられるということで、二階へは隠し階段で上がるようになっています。駐車場のそばには山頭火の歌碑があります(墓がならんで そこまで 波がおしよせて)が、確かにここは波に近いですね。

 この海から神武天皇は大和に向けて出航したと言われています。その際、旧暦の8月1日の夜明け前、予定より出航が早まったため、皆に、「起きよ、起きよ」と言って集合させたことに因んで、「起きよ祭り」というのがこの地区で行われるそうです。遠くの灯台の周りには八つの瀬が見えますが、神武天皇が美々津に戻ることが無かったことから、地元の漁師はこの瀬の間を通らないそうです。

 更に南下します。途中、日向国一宮の都農神社がありますので、参拝します。この神社には色々な神事があります。最初は神の石神事です。参道に神の石がありますので、その石を持ち願を掛けて参拝し、その後本殿の裏に廻って、納所に納めると願がかなうとのことです。他には、お腹にハートマークが見えるご神象や、撫でうさぎ、撫で大国、願掛け太鼓等々。強く印象に残ったのは、まるでビロードの様な参道脇の苔でした。

 今日の最後は、西都原古墳群の見学です。初めにガイダンスセンターに立ち寄りガイドマップを頂きます。初めにそこから徒歩で、鬼の窟(いわや)(206号墳)に向かいます。古墳を見るのは初めてですが、ここは一面、古墳だらけです。6世紀後半とのことですが、良く保存されています。

 次は、4号地下式横穴墓にいきますが、残念ながら横穴墓を見るモニターは故障中でした。その隣には、前方後円墳(109号墳)があります。

 次は、西都原考古博物館を見学します。この博物館は、外観も内部も古墳をイメージして造られています。資料も充実しており、入場無料というのもすごいですね。

 最後は、13号墳を見学します。4世紀後半の前方後円墳ということで、1700年位前に造られたものですが、中の状況や外観が良く残っています。いずれにしても、ここ西都原古墳群は総数319基あるそうで、短時間では見切れません。

 夕食は、お魚が続いたので、洋食にしたいと思い、街をブラブラ歩きます。やはり県庁所在地の繁華街は明るい!西橋通りのビルの五階に「イタリアンバールPACE」がありましたので、入ってみます。エレベータを出るとそこは店内で、全て個室でしす。お願いした料理は材料にも気を遣い、手が込んでいてなかなか行けます。

 ホテルまで歩いて帰りますが、宮崎だけあって南国調ですね。

<三日目>

 今日の天気は、曇り時々雨です。初めに、神武天皇をご祭神としている宮﨑神宮に参拝します。歴史のある神宮らしく、シンプルですが厳かな雰囲気が漂います。昨日訪れた美々津から、神武天皇は出航したと伝えられていますが、その復元船が展示されていました。「起きよ」に因んで「おきよ丸」と命名されています。

 次は彦火火出見命(ひこほほでみのみこと、山幸彦)と豊玉姫命をお祀りしている青島神社に参拝します。青島への参道は荒々しい日向灘を、弥生橋で渡ります。波は高く、近くにサーファーがいるくらいです。海岸線の波状の岩は、鬼の洗濯板と呼ばれ、国の天然記念物となっています。

 青島に渡り、海岸沿いに歩くと鳥居があります。しばらく進むと手水舎、神門が有り、突き当たりが拝殿となります。

 本宮に通じるお成り道の入り口には、絵馬のトンネル(祈りの古道)があります。その先は、熱帯や亜熱帯の植物が群生し、その代表はビロウ(ヤシ科)です。一帯は、国の天然記念物となっています。本宮の奥には投瓮(とうか)所があります。素焼きの盃を奥の磐境に投げ、入れば心願成就、割れれば開運厄祓とされるそうですが、私は後者の開運でした。島からの帰り際、海の向こうに木の花ドームがみえますが、巨人軍が春季キャンプをしていたようです。

 疲れてきましたので、参道脇のAOSHIMAYAで一服。昼時も近づいてきましたので、昼食をとることに。

 昼食は、青島駅に面した岩見でうどんを頂くこととしました。ここは茹で立てを出すということで、注文してから20分待ちます。店内には、有名人のサインが多数ありますが、巨人軍もここに来ていたようです。

 神社巡りの最後は、鵜戸神宮です。ここは海を見下ろす洞窟で豊玉姫が出産したといわれ、今はその洞窟に本殿があるという珍しい造りの神社です。まずは駐車場から長い階段を上ります。その先のトンネルを抜け、今度は長い下り坂となり、ようやく平坦な参道となります。

 鳥居をくぐり、神門、楼門、千鳥橋と進みます。この辺りからでも、眼前に広がる日向灘と奇岩は見応えがあります。

 玉橋を渡るといよいよ本殿が下に見えてきます。いずれにしても波は荒く、しぶきがかかってきそうです。本殿は、豊玉姫の産殿の址とされる洞窟内にすっぽり建っています。天井が落ちないか不安になり、かなりの圧迫感があります。

 本殿下の磯には、豊玉姫が出産のために乗って来たと言われる霊石亀石(れいせきかめいし・桝形岩)があります。この亀石の背中に桝形の窪みがあり、この窪みに男性は左手、女性は右手で「運玉」を投げ入れ、見事入ると願いが叶うといわれています。青島神社と異なり失敗は許されないので、ここではトライせず。代わりに,運玉の碑にお賽銭をあげ、稲荷神社に参拝して帰りました。

 次は飫肥城址に向かいますが、途中、日向灘の南端、日南海岸の入江の町、油津(あぶらつ)に立ち寄ります。この町は、江戸時代は、飫肥藩の外港として飫肥杉を積み出し、昭和初期は、東洋一のマグロ基地といわれるほどの水揚げを誇り、その富がこの町に豪壮な町並みを創りだしました。その面影が、堀川運河や赤レンガ倉庫に残っています。

 いよいよ今回の最終地、飫肥藩(5万1千石)の城址に到着しました。早速、お城の大手門から入ってみます。入るとまず枡形が有り、更に石段を上った所に飫肥城歴史資料館があります。入館するためドアを開けると太鼓が打ち鳴らされ、気分を盛り上げます。展示は、武具、丁度品等かなり充実しています。

 歴史資料館の脇にある階段を上ると、松尾の丸があります。これは江戸時代の藩主の御殿を、1979年に再建したものです。御座の間には雛祭りの飾りと御座が有り、座ることが出来ます。藩主の気分?

 松尾の丸を下ります。旧本丸跡の看板があり、左手の高台が旧本丸とあります。今はいやしの森と言われているようです。

 次は豫章館(よしょうかん)です。ここは、1869年に造られた藩主伊東家の住まいです。広い空間に庭石や石灯籠・庭木などが巧みに配置され、閑静な佇まいの枯山水式庭園です。ここでも時節柄、ひな人形が飾られていました。

 最後は小村寿太郎記念館を見学します。幼少期から、不平等条約改正まで、出来事がパネルで説明されています。「楽しみは昼のワイン」が時に記憶に残りました。

 宮崎の最後は空港での宮崎ラーメンです。意外とあっさりしており、徳島・和歌山ラーメンに似ていると思いました。

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散歩

皇居見学

 今日は初めて皇居を見学します。事前に参観の申し込みをしています。手前の高麗門と右手の渡櫓門(わたりやぐらもん)からなる枡形門が残っている桔梗門から入り、窓明館(休所)で参観開始を待ちます。係の方から、注意事項が、日本語、英語、中国語、スペイン語、フランス語の順番に説明されます。

 外では、案内の言語毎に集合し、日本語から宮殿に向かい出発します。途中左手にある建物は、宮内庁管理部馬車課の建物です。二階に向かってスロープもあります。自動車も担当していても馬車課というんですね。

 進むと右手に富士見櫓が見えてきます。この櫓は、明暦3年(1657)の大火で天守閣が焼失した後は、その代わりの象徴とされたようです。櫓台の石垣は加藤清正が築いたそうです。名前の通り、櫓の上からは富士山はもとより、秩父連山や筑波山、東京湾などを臨むことがでたようです。

 道を更に進むと、右手に宮内庁庁舎、左手に坂下門が見えます。一般参賀の際は、この門から、皆さん宮殿東庭に入場するとのことです。

 いよいよ宮殿東庭に到着です。一般参賀の際、皆さんはここで、日の丸を振っています。下には線が引かれており、これに沿って並ぶのでしょう。皇族方がお出ましになる宮殿ベランダは、写真で見るより、かなり近くに見えます。今日は、2月13日で、23日の一般参賀に備え、準備がされています。宮殿東庭の地下は、約120台の大型乗用車を収容する駐車場になっているそうです。

 宮殿の左側は、南車寄となっており、宮殿を訪れる賓客をここでお出迎えするようです。

 その先には、中門があり、そこを抜けると正門鉄橋(二重橋)となります。普段は、石門の陰でよく見えません。

 宮殿の向かって右側には、北車寄があります。ここで、組閣後、宮中で内閣総理大臣任命の親任式及び国務大臣任命の認証式を終えた後、記念写真を撮るようです。

 宮殿北車寄の左側には豊明殿があり、ここで宮中晩餐、その他多人数の宴会の場に使用されるそうです。豊明殿の左側には、宮内庁との間の空中通路があります。担当者が、宮殿と宮内庁を行き来するのでしょう。

 通路をくぐると左手に、連翆が見えます。ここは午餐、晩餐等小人数の宴会の場に使用されます。2月9日、愛子さまが出席されたケニアのルト大統領夫妻との昼食会はここで行われました。振り返ると宮殿の屋根に小さく瑞鳥が見えます。

 参観も終了し、戻ります。山下通りを、宮内庁の裏側を見ながら進むと、蓮沼濠、その先の本丸跡にぶつかります。

 再び富士見櫓に遭遇しますが、よく見ると戦国のお城だけあって、石落としがいくつもあります。

 最後は、草明館の前で解散です。草明館の道を挟んで向こう側に旧枢密院(現皇宮警察本部)があります。帰りは桔梗門の渡櫓門をくぐり、高麗門を抜けて帰ります。渡櫓門の鉄板や石垣はさすが江戸城の入口だけあって立派です。

 昼食は、日比谷公園の松本楼で、と思いましたが、なんと今日は臨時休業とのこと。やむを得ずいつも利用している有楽町ガード下のイルバロッコへ。パスタランチとスパークリングワインを頂きました。大盛りは300gなのでお腹いっぱいです!

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海外旅行

ロンドン その3

<七日目>

 ロンドンもいよいよ今日と明日を残すだけになりました。今日は、最初、サウス・ケンジントン駅で地下鉄を降り、V&A(ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館)に行きます。エキシビッション・ロード側の入り口から入りますが、入り口左にココ・シャネル展のショップがあるので早速入ります。日本では一人1枚と数の制限があったシャネルのトートバッグを、ここでは白黒1枚づつ買いました。今思うと、もっと買えばよかったかな。

 次は、ロンドン一美しいと言われるティー・ルームに行きます。朝時間も早いので、客はまだあまりいません。眺めの良い席に座って、雰囲気をじっくり味わいます。両側にも、部屋がありますので、それらものぞいてみます。それぞれには、設計した人の名前がついています。シャンデリアも美しいですね。

 様々なコレクションが展示されていますので、一つづつ見ていてはキリがありません。それにしても、これだけよく集めたものです。東洋セクションのの日本ギャラリーには、浮世絵や和服が展示されていました。

 次は、道を隔てて隣りにある自然史博物館に、こちらもエキシビッション・ロード側から入ってみます。地球の成り立ちの解説や化石標本が数多くあります。地震の説明コーナーには、神戸のスーパーマーケットがあり、そこで地震の体験をすることができます。それにしても、どちらの博物館も巨大です。それも無料!

 博物館を出て、近くのハロッズに歩いて行ってみます。とりあえずここは、見学するだけにして、隣の化粧用品店のブーツで、ハンドクリームを10個程お土産用に購入しました。

 ホテルはここから歩ける距離にありますので、徒歩で帰ることとします。ケンジントン・ガーデンズとハイド・パークの間のウエスト・キャリエッジ・ドライブの歩道を抜け、30分程パディントンまで歩いて行きました。

 夕方になりましたので、予約したレストランに向かいます。地下鉄ハイ・ストリートの駅でおりますが、時間がまだありますので、ケンジントン・ガーデンズの西端にあるウイリアム皇太子の宮殿を見てみます。ガイドブックによると普段はいらっしゃらない様です。

 時間になりましたので、予約しているフラット・アイロンに入ります。ここは、店名の通りメニューはステーキのみのお店です。サラダとソース、あとワインをお願いしました。食事の最後に紙を渡されますが、そこには帰る際、アイスクリームが提供されるとありますので、駅までそれを頂きながら帰りました。

<八日目>

 いよいよ最終日です。夕方、飛行機が出ますので、それまでの間、ホテルに荷物を預け、観光します。パディントン駅の近くにリトル・ベニスと呼ばれる運河用の波止場があるそうなので、まずそこに行ってみます。確かにベニスっぽい感じがします。ここから、先日行ったカムデン・ロックまで水上バスが入っている様です。この辺りに青いパディントンベアがあるそうなので暫く探してみましたがありません。諦めて、駅に行く途中見つけました。場所が移動していた様です。

 次は、最後まで取っておいた大英博物館です。あいにく雨が降っています。10時開館ですが、その前にもかかわらず、順番待ちの列が敷地を取り囲んでいます。手荷物検査が時間を要しています。

 20分程でようやく内部に入ることができました。最初はオリエント関連の遺物ですが、よくこれだけの物を、略奪?して来たなと思うくらいのボリュームです。例によってロゼッタ・ストーンをじっくり観察しました。細かい字ですね。その後、ローマ以前イタリア(古代イタリア)の展示をざっと見たところで、軽く食事を摂りました。

 大英博物館の中央は、グレート・コートが出来たおかげでとても明るくなっています。中央の円筒は図書館(開放していません)で、上はレストラン、下はぐるりと売店になっています。売店には、多様なロゼッタ・ストーン・グッズが売っていました。大英博物館の見学は、これくらいにして、最後は、もう一度ナショナル・ギャラリーで名画を鑑賞したいと思います。

 大英博物館を出ると、途中、ソーホーの街を通りますが、イギリスらしい建物が多く連なります。トワイニングの近くに居酒屋横丁がありましたが、表の看板や内装は見た目に日本の横丁と、ほんとそっくりです。

 トラファルガー広場の向こうに、ナショナル・ギャラリーが見えます。中で、名画をじっくり目に焼き付け、数年分の鑑賞をします。

 これでロンドン観光を終了し、最後は二階建てバスの先頭に乗ってホテルに戻ります。バディントン駅から、エリザベス・ラインでヒースロー空港に行き、最後は空港のラウンジで食事。スコーンとクロテッドクリーム、ワインのがぶ飲みで今回の旅行は終了しました。

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ロンドン その2

<五日目>

 今日は、アビー・ロードから始めます。大勢の観光客がいるかもと、予想しましたが、親子連れが1組だけ。それでもやはり、あのポーズを試していました。ここから近くにあるホール・ロードバス停からバスに乗って、オックスフォードストリートに向かいたいと思います。

 バスは、オックスフォード通りの東の端、セルフリッジ(デパート)で下車します。そばの、ベルシュカ(ザラのサブブランド)で、早速パーカーを買いました。今の時期は、冬のセールスの最終局面の様です。

 オックスフォード・ストリートをしばらく歩き、右に曲がると、ボンド・ストリートです。道にはヴィトンの旗がはためいています。ワクワクしますね。ここでは、フェニックでロンドンで流行しているマフラーを買いました。

 道の途中には、チャーチルとルーズベルトの像が載っているベンチがあります。観光客は、その間に座って、写真を撮っています。ピカデリーに突き当たり、左に曲がるとバーリントン・アベニューがありますので、入って行きます。

 その通りの左側には、背広の語源であるサヴィル・ローがありますので、歩いてみます。高そうな仕立屋さんですね。

 このあたりは高級住宅街メンフィスですが、ブルトンストリートは、故エリザベス女王の誕生の地でもあります。

 昼時になりましたので、ピカデリーの面したヘンリーズ・カフェ・バーで昼食をとります。下のカウンターはパブの様です。食事後、100m程歩いて、日本大使館の前まで行ってみます。平日は国旗が掲揚されていますが、今日は休日のせいか、残念ながらありません。

 ソーホーの方に歩いて行くと、王立芸術院があります。中に入っていくと、特別展(有料)で印象派のデッサンを展示しています。無料のエリアにはビュッフェがありましたので、次回来たときは、ここで食事をしようと思います。

 少し歩くと、エロスの像があり、ここからシャフツベリー・アヴェニューになります。この通りは劇場だらけですね。

 通りの右側には、中華街があります。通りには、旧正月の提灯が飾られています。日本のお団子の店や、長蛇の列の蘭州牛肉ラーメン(日本でも流行)の店があります。

 また、オックスフォード通りの戻ります。夕方近くになったせいか、さっきとは異なり、人通りが多いです。今度はジョン・ルイス(百貨店)で、ブーツを買いました(帰国後ニュースで、経営不振によりジョン・ルイス大リストラ、の記事が流れていました。残念)。今日は、これでホテルに帰ります。幸運にも、バスの先頭に座ることができました。

<六日目>

 地球の歩き方の最新ロンドンニュースに、「カムデン・タウン再開発完了」という記事がありましたので、バスに乗って、行ってみることとします。カムデン・タウンには、運河のロック(閘門は、水位の異なる河川や運河の間で船を上下させるための装置)があるようです。若者向けのアクセサリーや古着の店が数多くありますが、そういう趣味も無いのでざっと見るだけにしました。

 日曜日で、天候も良くなさそうなので、地下鉄に乗り換え、王立空軍博物館に行ってみることにします。入り口で、さっそくスピットファイアーがお出迎えです。入場は第一格納庫から入ります。昼時で、お腹もすいたので、売店でパンとコーヒー、それにお土産も買いました。食後第三~六格納庫を回ります。

 ここの博物館は、規模が大きく、これまで見た中で最多の展示物が有ります。パリの同様の博物館の倍の感じです。現代のジェット機から、第一次、第二次世界大戦のプロペラ機までイギリスの飛行機は総てあるようです。なんと五式戦闘機や百式司令部偵察機もあります。二時間ほど見学して、今日は早めにホテルに帰ります。

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海外旅行

ブリストル、オックスフォード

<三日目>

 今日と明日は、郊外へ行くこととします。今日はエイボン川を内陸に10km遡った港湾都市ブリストルに行きます。そこはバンクシーの故郷であり、作品を探してみます。今日の朝はとても冷えた様で、ホテルそばの運河は凍結しています。パディントン駅から日立製の特急に乗って、東に向かい、1時間30分で到着しました。こちらも快晴です。

 ブリストル駅から、川沿いの街を目指します。15分ほど歩き、聖メアリー・レッドクリフ教会を過ぎると、もう川に到着です。港湾都市という事もあり、ロンドンとは街の雰囲気が異なります。

 川沿いは、第二次世界大戦で激しい空襲にあったため、古い建物は残っていません。今は、カラフルで現代的な建物が連なっています。川沿いに港を進むと、とある建物の一角に、バンクシーの絵があります。意外なことに観客はほとんどいません。

 次は、ブリストルのランドマークになっているクリフトン吊り橋に向かいますが、その前に昼食です。川沿いにあるパンプハウスで、イングリッシュ・ブレックファーストとハンバーガーを頂きました。ボリューム満点で、元気が出ます。

 橋は峡谷に架かっていますので、山に向かって約100m坂道をひたすら登って行きます。尾根筋には素敵な街が有り、ブリストルの山手のような感があります。クリフトン大聖堂を見て左に曲がると、いよいよクリフトン吊り橋です。現存する吊り橋では世界最古とのこと。下を見ると怖くなります。自殺者が多いので、柱には、「talk to us」と書かれた看板があります。北側には展望台がありますが、更に登るのは断念!

 次は、坂を下って、ガボット塔に向かいます。ここも池が凍っています。無人の塔を登って行くと、先ほど歩いていた川沿いの港が良く見えます。観覧車も見えますが、この後行ってみます。

 塔から下ると、ダウンタウンとなります。先に進むと、中世の面影が残り、よくロケに使われるというブリストル大聖堂に突き当たります。この辺りに、バンクシーの作品が2つありますので、見学していきます。

 港に隣接して、ミレニアム・スクエアというショッピングセンターがあり、先ほど上から見た観覧車もあります。センターをのぞいてみましたが、全て飲食店でした。駅の方に向かうためペロズ橋を渡りますが、パリのポンデザールの様に鍵が大量にぶら下がっています。

 クーンスクエアーの前を通ってブリストル駅に向かいます。立派な駅舎はかつてのブリストルの繁栄を象徴している様です。今は、ロンドンと異なり、景気が悪いためか、街中、至る所に入居者募集の張り紙があります。

<四日目>

 今日は、大学の街、オックスフォードに行きます。その前にパディントン駅でパディントンベアーを探してみます。運が良い事に、今日も快晴です。

 オックスフォードの街は、駅から歩いて15分程です。High Streetの当たりから、オックスフォードの各カレッジが続いていきます。

 High Streetにある 聖メアリー教会のギャラリーに上って、街を見渡すこととします。他に高い建物が無いので、眺望は抜群です。

 校内を歩きます。ハート・フォルドカレッジの建物と建物をつなぐ廊下は、ため息の橋と言われるそうですが、確かにベネチアの「ため息の橋」と似ていますね。14時からは今日のメインのクライストチャーチに行く必要がありますので、昼食は手軽にPret A Manger(イギリス中にあるチェーン店)でサンドイッチにします。

 まだ時間がありますので、ショッピングモールと地元のマーケットを覗いてみます。昇龍という日本食の店では、チキンカツ・カレーを出していましたが、イギリスで流行っているのでしょうか?

 14時近くなりましたので、クライストチャーチのビジターセンターに向かいます。受付で、オーディオ・ガイドを渡されます。日本語も選択出来ます。

 入場すると、寄宿舎の前を通ります。中で学習しているので、静かにしてくださいとオーディオ・ガイドが注意します。しばらく歩くと、『ハリーポッターと賢者の石』で、ホグワーツでマグコナガル先生がハリーたちを連れてグレート・ホールに入る前の廊下のロケ地があります。その入り口から中に入ると、まさにハリーポッターで観た食堂そのものが目の前にあります。実際にこの食堂でオックスフォード大学の学生が食事をするので、午後の見学は14時からとなっています。食堂のステンドグラスをよく見ると、そのうちの一つにアリスがデザインされています。

 グレート・ホールを抜けると、トム・クワッドという中庭に出ます。トム・タワーの反対側にクライストチャーチ大聖堂があります。ここも、カレッジの中の聖堂とは思えない程に大きく荘厳です。その先には、ペック・ウォーター・クワッドという図書館がありますが、学生のため、AM1時まで空いているそうです。

 クライストチャーチを出て、マートン・フィールドの道を歩きます。フィールドでは、子供たちがラグビーの練習をしています。みんな賢そうに見えますね。しばらくするとHigh Streetに出ます。

 High Streetを駅の方向に向かって歩きます。途中、パブやオックスフォード・キャッスル&プリズンを覗きながら行きます。

 今日の夕食は、フィッシュ&チップスにします。パディントン近くの店で、タラとカレイのフィッシュ&チップスをテイクアウトし、マーク&スペンサーでお酒を買ってホテルに戻ります。

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海外旅行

ロンドン その1

<一日目>

 正月も明け、今回、初めてイギリス、ロンドンに向かいます。ホテルは、パディントン駅近くのワイルドアパートホテルズで、三食外食も飽きるので、ミニキッチン付きにして、色々な食材を試すことにしました。ホテルの近くには観光名所の運河があります。

 最初に、イングランド銀行で旧紙幣の両替をするため、地下鉄でシティ中心に向かいます。銀行の正面にいる警備員に両替する旨伝え、中に入ります。パスポート等見せる必要は無く、行員に旧紙幣を渡すと、新紙幣を返してくれます。両替は思いのほか、あっけなく終了しました。

 次は、徒歩で路地を抜け、チャールズ国王と故ダイアナ妃が結婚式を行ったセント・ポール大聖堂を目指します。この辺りは観光客よりもサラリーマンが多く、雰囲気は東京に似ていると感じました。観光客が少ないので、大聖堂の入口での待ちはありません。

 内部は、荘厳にして華麗。ステンドグラスも圧巻です。結婚式の際には、通路の右側にカミラ婦人がいましたね。通路からは地下の納骨堂が見えます。地下には、礼拝堂やネルソン提督の棺も有ります。

 次は大聖堂のドームに登ります。最初は、大聖堂の内部を囲むウィスパリングギャラリーに着きます。残念ながらそこからは撮影禁止。更に登るとストーンギャラリーになり、ロンドン市街を一望できます。更に上にはゴールデンギャラリーが有りますが、先がかなりきつそうなので途中で断念。大聖堂の外から見ると、ゴールデンギャラリーに人が見えます。

 テムズ川沿いに散策します。パリのセーヌ川と違い、あまり景観は良くありません。先に見えるタワー・ブリッジを目指します。途中、かつて処刑場であったロンドン塔が有りましたが、中には入らず、ショップで買い物をしました。

 タワーブリッジに着きました。入場して最初に、橋の歴史の説明を受け、その後エレベーターで上に行きます。上はガラス張りになっており、ロンドン市庁舎や遠くにカナリーワーフ(新金融街)が見えます。床の一部はスケルトンになっており、この上を歩くのはかなり緊張します。下に降りて、対岸に行くと、かつて跳ね橋を動かしていたエンジンルームが展示されています。

 次はバスで移動してみます。初めての二階建バスで緊張しましたが、客が少なく、ガラガラでした。時間はかかりますが、街並みが良くわかるので、今後移動のメインはバスにします。二階からですので眺めはいいです。

 今日の最後は、テムズ川沿いにあるテート・モダンに行きます。当日、草間彌生の特別展が有りました。2月には小野ヨーコの特別展も有るようです。無料の展示をさっと見学した後、テムズ川に架かるミレニアム・ブリッジを渡って帰宅します。

<二日目>

 今日はバッキンガム宮殿へ行き、衛兵の交替式を見たいと思います。バスでグリーンパークまで行き、そこから宮殿まで歩きます。開始の1時間前に着きましたが既に見学者が並んでいます(オフシーズンなので少ないですが)。正門の正面、クイーンビクトリア記念碑の前に並ぶこととしました。

 待つ間、警官が「スリに気をつけよ」と何度も注意します。11時開始です。着任する衛兵が左の門から入ります。交替式の終了後、任務を終えた衛兵が音楽を演奏しながら正面から退出していきます。凡そ30分ほどで終了します。

 当日は、非常に寒く、じっとしていたので体はとても凍えています。取り敢えずセント・ジェームズ・パークを抜け、ビッグベン方向に歩き、暖かそうな所を探します。途中に、ロイド・ジョウジやチャーチルの像が有りました。

 残念ながら休めそうな場所が見つからないので、歩いて近くのナショナル・ギャラリーに行くこととしました。テムズ川沿いに、ロンドン・アイやスコットランド・ヤードがあります。トラファルガー広場の向こうに目的地のナショナル・ギャラリーがあります。入館して最初に、ビュッフェで軽い昼食をとり、展示室に入ります。ダビンチやフェルメール、印象派など日本に1枚でもくれば大行列の絵が、何気なくポンと展示されています。信じられないです。感激しながら宿に戻ります。

 夕方は、ソーホーで観劇です。アデルフィシアターのミュージカル「バック・トゥー・ザ・フューチャー」を見ることとします。人気のある作品のようでロングランです。当日もほぼ満員でした。劇を見ながらビールのみならず、ボトルのワインを酌み交わす人もいます。皆んな楽しんでますね。よく聞き取れないところもありますが、あらすじは知っていますので、楽しめました。10時くらいに終了しましたが、辺りはまだ大勢の人が居ます。

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国内旅行

四国遍路(仁淀、足摺、四万十)

(一日目)

 今回は、前から気になっていた高知の清流を見たいと思います。まず仁淀川から。河口から遡り、安居渓谷を目指しますが、最初にある沈下橋は、名越屋沈下橋です。確かに、欄干は無いですね。地元の方の車は、何事も無く渡っていきますが、我々は怖いですね。

 安居渓谷に行く途中、みかえりの滝を見学します。滝の下は透明で深そうです。目的地である安居渓谷へは、1車線の山道が6.5km、20分程続き、下は断崖で、すれ違いはドキドキです。

 安居渓谷にあるバンガロー「宝来荘」の先に車を止め、渓谷を上ります。大きな岩が、ゴロゴロあり、渓谷が濁流となったときの水圧の大きさを感じます。今は、渇水期で、流れは穏やかです。水は、想像したとおり、ブルー!です。砂防ダム周辺まで行きますが、夏場の水量が多いときは、ダムのコンクリートの上から流れ落ちる水のカーテンが見られるようです。実物を見たいですね。

 次はもう一つの渓谷、中津渓谷に向かいます。ここは、安居渓谷と異なり、道は、スムーズです。昼食は、渓流の入口にある中津渓谷ゆの森の「レストランポンテ」で取ることにします。ゆの森弁当には鰹のたたき、田舎定食にはあまごの素揚げが付いています。テラスからは、渓流が見えます。

 昼食後、早速、中津渓谷に向かいます。ここも、仁淀ブルーです。最終地点の雨竜の滝を目指します。通路は整備されていますが、橋には欄干がありませんし、見下ろすとかなりの高さがあります。道の落差もかなりあります。道の先にあった、雨竜の滝は、圧巻でしたが、夏場の水量が多い頃を見たいものです。

 滝から戻る途中、展望台に寄ってみます。長く急な階段を上ってはみましたが、木の枝が邪魔し、残炎ながら残念ながら、それほどの眺めではありませんでした。

 時間がまだありますので、四国山地を縦断し、日本三大カルストの一つ、四国カルスト東端の天狗高原に向かいます。地図では国道からわずかの感覚でしたが、意外と遠く、国道から曲がりくねった道を30分程上ります。16時頃で霧も発生し初め、着いても景色はどうかな?と思っていましたが、運良く間に合い、眼下に、標高1,000m級の四国山地の尾根を見ることが出来ました。ここから、高知市に戻ることとします。

 夕食は、郷土料理の老舗の「司 高知本店」にします。少しずつ色々味わえそうなので、「よさこいセット」を頂きました。お酒は、司牡丹酒造の「仁淀ブルー」、酔鯨酒造の「司」としました。お店は260席も有り大きいのですが、意外と混んでいました。メヒカリは高知でも特産とは知りませんでした。鰹のたたきは、さすが専門店の味です。

 食事後、アーケードを高知城の方に進み、ひろめ市場を覗いてみました。鮮魚店や物産展が集合し、大変賑やかな屋台村です。この場所は元気があります。一通り見て、帰ることとしました。今日はこれで終了。

(二日目)

 高知の宿「西鉄イン高知はりまや橋」は、名前の通り、はりまや橋の脇にあります。部屋は海側ですが、窓からは山しか見えません。

 今日のスタートは、高知城です。大手門の前には、初代藩主山内一豊の像が有り、門をくぐると、板垣退助と一豊の妻の像が出迎えます。石段を上り詰めたところが杉ノ段ですが、ここから見た本丸が一番美しいと思います。三ノ丸、二ノ丸と進み、詰門を抜けると、本丸と天守閣に出ます。高知城は、建築群が現存、保存されていますので、狭間などの防御設備や石樋、石垣を間近に観察できます。

 高知市では第三十番善楽寺にお参りします。梅見地蔵は、首から上の病や悩みにご利益があるといわれている地蔵様です。参拝後、四万十に向かいます。

 四万十では、最初に、第三十七番岩本寺にお参りします。寺には立派な宿坊がありますが、この寺と前後の札所からの距離がとくに長いことから、昔から多くの歩き遍路がこのお寺に泊まってきたとのことです。親しみやすい寺にして町おこしにもつなげようと、「スター・ウォーズ」の公式グッズなどを手掛けるSHETA(シータ)さん率いるグループに依頼し、ポップアートを多く展示しています。

 昼食は、道の駅ビオスおおがたのひなたや食堂で、宗田節のチャーシューメンを頂きました。鰹節の出汁と柔らかいチャーシューの組み合わせはとてもおいしいです。直販店で、みかん、ミニトマト、アオサを買いました。安いですね。

 足摺岬の手前に、知る人ぞ知る、唐人駄場遺跡というパワースポットがあります。この辺りから、縄文時代早期(紀元前5000年頃)から弥生時代にかけての石器や土器片が数多く出土し、一帯にはストーンサークルと思われる石の配列や、高さ6~7メートルもある巨石が林立している唐人岩があり、太古の巨大文明の名残ではないかと言われているそうです。山の中で、観光客は誰もおらず、不気味ではあります。

 今日のメイン、足摺岬に到着しました。太平洋を望む、ジョン万次郎の大きな像がお出迎えです。岬突端周辺には弘法大師にまつわる「七不思議」の遺物が点在しています。岬からは、どこまでも続く青い太平洋がどこまでも見えます。

 足摺岬の後は、近くにある第三十八番金剛福寺に参拝します。ここと今日の昼前に参拝した第三十七番岩本寺との距離は80㎞程で、四国八十八ヶ所の中で距離は最長とのことです。ここは四国最南端のためか、境内には亜熱帯植物が繁って、南国の感じです。

 途中、アコウで有名な松尾天満宮に寄ります。アコウは、他の木に着生して成長することが多く、最後には着生した木を覆いつくして枯らす「締め殺しの木」と言われています。

 今日の最後は、「道の駅 めじかの里土佐清水」です。めじかとは、ソウダガツオのことで、宗田節(そうだぶし)は、土佐清水市で獲れる(めじか)を原料としたかつお節です。ここで名物の、宗田節を使ったソフトクリームを頂きました。ソフトクリームに大量の宗田節が振りかけられています。

 今日の宿は、「なごみ宿 安住庵」です。四万十川沿いの小高い丘の上に有りますので、部屋の窓から四万十川が見えます。部屋は、2室をくっつけてスイートにリノベした部屋でした。とても贅沢ですね。

 食事は、和牛ーステーキ+会席コースです。お酒は、四万十の藤娘です。お刺身は、初鰹、カンパチ、甘エビに加え、鰹のたたきも出ました。ステーキは200g程も有り、加えて天然あゆの塩焼きと、大満足です。帰りは、屋上で四万十の夜景を観賞しました。

(三日目)

 食事の後、ホテルの屋上に上り、四万十市の風景を堪能します。ところで、屋上に上れる宿はあまりないですよね。高台にありますので、360度よく見えます。

 四万十市は、町村合併で誕生していますので、看板や店名に旧の中村市の名がが残っています。1946年の南海地震で市街地が被災したためか、古い町並はほとんど残っておらず、観光スポットも意外と少ないと感じました。

 今日のメイン、四万十川を遡ることとします。四万十と言えば沈下橋が有名ですので、いくつか訪れたいと思います。初めは、最下流にある、佐田沈下橋です。地元の車は、平気で通行しますが、普通の人には怖いですね。

 次は勝間沈下橋です。橋脚が3本ある珍しい沈下橋。川幅が広く、流れも穏やかで、右岸側は河原です。釣りバカ日誌14のロケ地で、釣りファンに有名なスポットらしいです。

 最後は、岩間沈下橋です。四万十川の沈下橋の中では最も絵になるとのことで、ポスターやパンフレットの撮影によく使用されるらしいです。駐車場の脇に、「四万十川」の歌碑があります。川に沿って国道441号線を行きますが、この辺りから断続的に一車線の狭隘道路となります。すれ違いは、ヒヤヒヤです。「酷道」と言われているようです。

 ようやく宇和島に到着しました。昼食はやはり、鯛めしです。老舗のほづみ亭で。お酒は、西予市元見屋酒店の「こいごころ」をお願いしました。頂き方は、テーブルの説明書通り。ご飯もこんなに食べきれるかと思いましたが、鯛と玉子にタレがからみ、美味しく、あっという間に完食でした。

 昼食後、宇和島城に向かいます。観光センターと駐車場は三ノ丸跡にあります。登城口から城内に入ります。いきなりの石段です。長く急な石段を登り切ったところに楽なルートと通常のルートの分かれ道に出ます。迷わず通常ルートを選択。長く急な石段の後、深さ11mと言われる井戸丸(郭)があります。

 長く急な石段を登り切った先に、本丸、天守閣が現れます。この宇和島城は均整がとれ美しいことから「鶴島城」と言われているようですが、太平の世の築城のため、狭間や石落とし等の防御設備はほとんど有りません。高知城とはかなり趣が違いますね。天守閣からは、宇和島の街と湾がよく見えます。

 宇和島は、伊達政宗の長男、秀宗が初代藩主です。宇和島城の近くに、伊達十万石を記念した伊達博物館がありますので、行ってみます。展示は、伊達家のコレクションの武具や婚礼道具等でした。展示室の脇に兜と装束のレプリカが有り、ここで身につけ記念写真を撮るようです。(私も兜をかぶり装束を羽織って撮ってみました)

 博物館に隣接して、天赦公園があります。市の計画では、ここに、新博物館を建設し、今日、見学した博物館は、解体され、公園になるようです。途中、じゃこ天屋さんの前に、じゃこ天の自販機がありました。さすが名物です。最後に、宇和島のアーケード街「きさいやロード」に寄ってみます。「きさいや」は方言で「来てください」を意味するようですが、あまり人はいないようです。今回の旅行はこれで終わり、松山空港に向かいます。

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国内旅行

上毛三社巡り(妙義、赤城、榛名)

<一日目>

 秋も深まってきましたので、今回は、以前から計画していた上毛三社を巡ることとします。高崎駅から一路、妙義山に向かいます。妙義山は、白雲山、金洞山、金鶏山の三峰からなっています。白雲山の麓の「道の駅みょうぎ」で車を降り、妙義神社を目指します。参道は県道に面した一の鳥居から、ほぼ一直線に延びています。鳥居をくぐり急坂を上ると総門があります。

 総門をくぐり、石段を上がると、銅鳥居があります。これをくぐった右手奥には旧御本社の横にあった波己曽社(はこそしゃ)が、移設され鎮座しています。道を進んで石造の太鼓橋を渡ると、一直線に延びる百六十五段の石段があります。石段は長く急ですので、右側に緩めの道があります。ここはまっすぐ登ります。石段は、でこぼこしており非常に登り辛いです。

 登り切った先に随神門があり、仁王がいます。それをくぐると正面に最後の段があり、これを上ると権現造りの本社入り口である唐門があります。いよいよ拝殿でお参りです。歴史のある神社らしく、豪華な装飾が施されています。

 本社拝殿の反対側の塀には、天狗堂が鎮座しています。案内は無いので、ここは見逃す可能性があります。裏の、パワースポットとか。

 参拝を終え、下ります。帰りは、緩やかな(結構厳しいのですが)階段で戻ります。ここは、登山道の入口でもありますが、やはり熊が出るそうです。妙義神社には所々に風鈴がありますが、謂われは分かりません。社務所の横に宝物館があるのですが、残念ながら今日は閉館でした。

 道の駅みょうぎに戻ります。道の駅では、キノコや野菜を販売していましたが、メダカもあります。まいたけおにぎりを買って、ここは終了。金洞山方面に進みます。  

 金洞山の麓にある、中之岳駐車場で、車を降り、中之嶽(なかのたけ)大国神社に向かいます。ここには日本一大きなだいこく様がいます。高さは20mとのこと。小槌では無く、剣を持っています。まずは、前宮に参拝します。

次は、山の中腹にある社殿です。そのためには、急な145段の石段を登り必要があります。「石段が急なので無理をしないでください」とありますが、一気に(とはなりません)階段を登ります。中之嶽神社は、ここからはよく見えませんが鎮座する鎮座する轟岩が御神体とのことで、拝殿・幣殿のみで本殿を持たない、珍しい様式です。岩のくぼみを利用して、建立されています。

 妙義山を下りる途中、縁起だるま発祥の寺として有名な、少林山達磨寺に参拝します。ここは、前橋城の裏鬼門を護る寺であったそうです。本堂には、役目を終えただるまが、たくさん奉納されています。

 今日の最後、赤城神社を目指します。途中、昼食は、とあるうどん屋に寄る予定でしたが、残念ながらお休み。やむなく高崎の一風堂で特製赤丸新味を頂きました。赤城山大鳥居をくぐり、30分程走ると、赤城神社に到着です。ここは、大沼に面して、権現造りの本社と社務所のみのシンプルな境内です。参拝を終え、宿に向かいます。

 途中、大沼の湖畔に降りてみましたが、晩秋で時間も遅いということも有り、人影は、ほとんどありませんでした。

 今日の宿泊先は、赤城温泉ホテルです。赤城山の中腹にぽつんとありますので、大沼、小沼からは長いくねくね道です。部屋はリノベしたばかりで非常にきれいです。夕食は、上州牛すき焼き鍋のコース、前橋産ぶどうの赤ワインを頂きました。ここはアルコールの値付けがとっても良心的です。これにて本日終了。

<二日目>

 朝食後、榛名神社に向かいます。途中、榛名山ロープウェイのに立ち寄ります。出発する駅は晴れていますが、上にはガスが見えます。到着地点の山頂では、案の定、ガスで、榛名湖の端がようやく見える位です。頂上には、パワースポットの、榛名山富士山神社がありますので参拝します。社殿は、頑丈なコンクリート製です。ロープウェイで下ると、途中から視界が開けてきました。湖畔は、全く晴れています。

 榛名神社は榛名山の中腹にありますので、道を下ります。大鳥居の近くの駐車場に車を置き、坂の参道を上っていきます。鳥居の先には随神門がありますが、もともとは仁王門だったようで、神仏分離により仁王像が取り除かれ、随神像が置かれています。境内は深い森と沢山の奇岩・巨岩に囲まれており、神聖なパワーを感じます。

 しばらく歩くと、三重の塔があり、これも神仏習合の名残です。参道の左側は岩が切り立っていますので、危険な場所は落石防止のトンネルが参道を覆っています。神橋の先の岩は落ちないのでしょうか。御水屋の先には、武田信玄が戦勝祈願のため矢を射立てたという言い伝えがある矢立杉があります。その前の階段を登り、神門に向かいます。 

 神門をくぐると、社務所エリアになります。そこには、本殿工事中の看板があり、初めて本殿に行けないことを知りました。階段を登り、双龍門をくぐると、本殿エリアとなります。確かに工事中で、完成予想図がシートに描かれています。替わりの国祖社で参拝し、これで上毛三社巡りは完了です。神門をでると、紅葉の中に瓶子(みすず)の滝がみえます。とても秋を感じます。帰りに、参道のお店で、焼きまんじゅうを買いました。

 最後は、前橋をぶらりします。途中、昼食は、道沿いの「吾作」で、肉うどんとキノコうどんを頂きました。かなり腰のあるうどんでした。

 前橋は、まず群馬県庁からスタートします。途中に、前橋城の石垣の跡(車橋門跡)がありますが、お城の痕跡はほとんど残っていないようです。県庁として日本一の高さを誇るだけあって、壮観です。中に入り、エレベーターで32階の展望フロアーに向かいます。フロアーからは前橋を360度見渡せます。そこにあるYAMATOYA COFFEE 32で一休みします。

 県庁の下では、「ぐんま推しナンバープレート」(ぐんまちゃんの絵柄が入ったプレート)のイベントをしています。敷地の端に前橋城跡の碑をみつけました。お城の本丸に県庁があるんですね。隣接している楽歩堂公園に、元の県令、楫取素彦の像がありますが、碑文に寄れば、松下村塾の後継者であったり、富岡製糸場の存続に尽力したり様々活躍されたとあります。公園の北端には、前橋東照宮が有り、お参りしました。

 公園から道を隔てて臨江閣があります。これは、先ほどの像にあった楫取素彦の提言で、地元の人々の寄付で1884年に建設された迎賓館です。明治天皇、大正天皇も滞在されたとのことです。ここで、「ミステリと言う勿れ」の撮影がされたようで、ポスターが貼られています。

 臨江閣の本館の前にも庭園がありますが、臨江閣のとなりに、2008年に、臨江閣と一体化して新たに作庭されたの日本庭園があります。入口は、臨江閣の反対側にあります。回遊式庭園なのですが、上部からの水量はとても多く、川のようです。出口は、臨江閣に通じています。

 時間がまだありますので、街を散策することとします。「水と緑と詩の町」として前橋市のシンボルである広瀬川沿いの遊歩道を歩きます。川の流量は多い。途中、弁天通商店街に入ります。金物屋さんの前は、「今夜ロマンス劇場で」のロケ地です。全国どこでもそうですが、ここ前橋も完全にシャッター街です。140年続いた「藤屋」は閉店し、260年続いている陶器屋も終わりそうです。寂しい話です。

 高崎は、小麦の産地ということもあり、最近は「パスタのまち」として知られています。従って、最後は、パスタで締めくくりとします。駅ビルにある「はらっぱ」で生麺のベッロヴィスタ(魚介のパスタ)を頂きました。麺がもっちりして、ボーノ。

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散歩

草加~西新井大師

 気候も良くなってきましたので、久しぶりに散歩します。今日は、日光街道を歩いてみます。10時30分、東武スカイツリーライン獨協大学前駅を出発。初めは、綾瀬川のそばにある漸草庵百大の過客です。奥の細道に、「(深川を出発した)其(その)日、漸(ようよう)早加と云(いう)宿にたどり着(つき)にけり」とあり、そこからここの名前が取られています。ここで、早速お茶で一服。

 漸草庵の隣にある草加市伝統産業展示室を覗いてみます。草加は「せんべい、皮革、ゆかたのまち」ということで、それらが展示されています。草加せんべいと、丸菱の亜麻仁油とエゴマ油を買いました。

 旧日光街道に沿って進みます。木目調の和風太鼓橋(矢立橋)の先は、札場河岸(かし)公園です。この辺りの遊歩道は、「日本の道100選」にも選ばれています。公園は、かつての「河岸」、昔の舟運で使われた河岸場が復元され、望楼や常夜灯も再現されています。

 公園の先には、明治から昭和にかけて使われた煉瓦造水門「甚左衛門堰」が文化財として展示されています。

 草加市の旧日光街道沿いは、せんべい屋さんが実に数多くあります。そんなに売れるのかと、余計な心配をしてしまいます。

 近くに東福寺がありますので、参拝します。このお寺は、草加宿の礎を築いた大川図書が1606年に創建したとのことです。山門と鐘楼は草加市の指定文化財に指定されています

 街道沿いに、瀬崎浅間神社がありますので、参拝します。境内には、浅間庭園や、高さ4mの富士塚があり、見た目よりも奥行きの広い神社です。

 昼食時間となりましたので、谷塚駅近くで探します。AMORE営業中とありましたので、行ってみましたが予約のみとのこと。近くの源氏に入りました。週替わりのホッケ定食と、日替わりの鮭とキノコのクリームコロッケ+生ビールを頂きました。

 食事後は、花畑記念庭園に向かいます。石垣や堀に囲まれ、かつてお城があったように感じますが、1982年に足立区が区制50周年を記念して、新たに建築した庭園です。庭園の中には、桜花亭というカフェも併設されています。こんな所に、素晴らしい回遊式庭園があるとは、と感心しました。

 炎天寺に参拝します。小林一茶とここの住職が懇意だったようで「蝉鳴くや六月村の炎天寺」という句があります。「やせ蛙負けるな一茶是にあり」もこの近くで詠まれたそうで、一茶や蛙に因んだ像があります。

 島根鷲(わし)神社に参拝します。この辺りは、かつて海岸線で、日本武尊がここに上陸したとの言い伝えがあります。社殿の左側には、元の鷲神社鳥居(享和二年在銘、足立区登録有形文化財)があります。

 国土安穏(こくどあんのん)寺に参拝します。徳川秀忠、家光父子が鷹狩りの際、ここで休息していたそうです。その後、徳川家祈願所・位牌安置所となり、現寺号を頂くとともに、葵紋の使用も許されたとのことです。寺の近くの旧家「桐田家」のは、樹齢300年の黒松があります。

 いよいよ西新井大師に到着です。16時ですので、出発から5時間半経過しました。参道を抜け、山門を通ります。目の前には、巨大な西新井大師の大本堂が鎮座しています。さっそくお参りをして今日は終了。