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国内旅行

大分、臼杵、別府

<二日目>

 今日も晴れています。窓からは、遠くに製鉄所が見えます。朝食前に府内(大分)城址に行ってみます。内堀や、周囲を囲む櫓、大手門等は美しく復元されています。但し、大手門を入った所にある大分城址公園は、殺風景な駐車場でがっかりさせられますが、天守台は残っていますので、急な階段を上って四方を見てみます。大分県の中期計画では天守閣も復元され、この一帯は様変わりとなるようです。

 朝食後は、臼杵市に向い、石仏と城を見学します。最初は臼杵石仏です。観覧券を購入して、小高い丘に登りますが、昨日の熊野磨崖仏に比べると全く楽です。ホキ石仏第一群、第二群、山王山石仏、古園石仏の順に見学します。ホキとは「崖」という意味でこの一帯の地名です。何れも平安後期から鎌倉時代の作です。古園石仏は、磨崖仏では、全国で初めて国宝に指定され、その後、石仏群の追加指定が有り現在60体程が国宝とのことです。大日如来像の前で、家内安全と身体健全の御線香を捧げました。

 臼杵石仏周辺は盆地となっており、現在、臼杵石仏公園となっています。昔は、一帯が磨崖仏を本尊とする満月寺(蓮城法師創建)という五院六房からなる天台宗の大きな寺院だったようです。現在も、臼杵石仏公園を挟んで反対側に、満月寺があり、そこには、石仏を彫ったと言われる蓮城法師と、法師に石仏を彫らせたという真名野長者夫妻の像(室町時代の作)等があります。

 臼杵は、当初はキリシタン大名として有名な大友宗麟の領地でしたが、最終的には、稲葉家が廃藩置県まで治めていました。稲葉家は東京に移りましたが、里帰り用の下屋敷が現存しています。その隣には、地元出身の実業家、荘田平五郎が1918年に寄贈した大正時代の図書館があります。落ち着いた街の雰囲気が漂います。では臼杵城に向かいます。

 臼杵城は、周囲の海が天然の要害となり、堅固な守りを誇っていたようです。それではまず鐙(あぶみ)坂から城内に入っていきます。落石の危険があるため、坂は防護壁で覆われています。上りきったところに大門櫓があり、そこから二の丸に入ります。現在、ここは公園で、一部はグラウンドになっています。二の丸から空堀の間を進むと本丸になります。本丸も天守櫓も、今はその面影はありません。城の東端には亀首櫓跡があります。遠くに津久見島が見えますが、かつてはこの下から海が続いていました。最後、臼杵市観光交流プラザに立ち寄ります。

 昼食は別府、地獄蒸し工房鉄輪(かんなわ)で、地獄蒸し料理を頂くことに。平日でも混んでいますので、予約をして、先に地獄巡り観光を始めます。地獄巡りの共通券には7つの地獄がセットされているので、近くの白池地獄からスタートします。ここはその名の通り、青白いお湯が大量に沸いています。どの地獄も別個にアトラクションを持っており、ここはアマゾンの熱帯魚です。次は、鬼山地獄です。ここも緑白色のお湯がモクモクと沸き出しています。ここはワニの大量展示です。ワニは夜行性なので、あまり動きません。次は、かまど地獄です。一丁目から六丁目まで様々な色の温泉が湧いています。そろそろ予約した蒸し工房の時間になりますので一旦観光を中断します。

 地獄蒸し工房鉄輪のシステムは、各自食材を選んで、自ら15分程98度100%地熱の蒸しガマで蒸すという物です。食材は持ち込みも出来ます。メニュー3番の地獄蒸し玉手箱を選択しました。アルコールは禁止で、ノンアルビールを自動販売機で購入しました。

 昼食後は、海地獄から再開です。ここは温泉の熱を利用した庭園がアトラクションです。ここもコバルトブルーの温泉が大量に吹き出しています。温度は98度とのこと。この地区の最後は鬼石坊主地獄です。粘土質の熱泥が球状に沸いており、坊主頭に似ていることがその名の由来だそうです。べつの噴出口からは轟音が鳴り、それが鬼のいびきの様に聞こえることから、「鬼の高いびき」とも呼ばれるものもあります。ここの足湯場が空いていましたので、早速入ってみました。

 血の池地獄、龍巻地獄は2㎞ほど離れています。行く途中の道からは、別府の街と別府湾がよく見えます。血の池地獄はその名の通り、酸化鉄やマネシウムを含んでいるため、噴気まで赤く染まっています。高台に上って全体を見回すと、以外と面積は広く湯量の豊富さが窺えます。最後は、龍巻地獄です。間欠泉です。15分毎に噴き出すようです。危険なので、上に覆いがあり、遠くに熱湯が行かないようになっています。これで、地獄巡りは終了。いずれにしてもこの一帯の湯量はすごい!それでは宿に向かいます。

 今日の宿は、界別府です。部屋の窓は別府湾に面しており、晴れていましたので、大分の工業地帯や遠くには四国も見えます。食事にはまだ時間もありますので、別府の街を歩いてみます。駅前の通りには、歴史を感じさせるアーケードや温泉があります。駅の看板にはやはり温泉マークが描かれていました。駅前に手湯の施設がありましたので手を浸してみました。

 夕食は遅めの19時30分からです。このホテルは、隈研吾設計事務所の設計で、竹細工、手漉き和紙など当地の工芸を用いて内部空間をデザインしたそうです。そんなことを感じながら、2階から1階の食事処に向かいます。席は幸運にも、窓のある席でした。料理もタイミング良く出され、素敵なひとときを過ごしことが出来ました。